西洋人情話 英国孝子ジョージスミス之伝(せいようにんじょうばなし えいこくこうしジョージスミスのでん)

丈「跡方(あとかた)は清次どのお頼み申す早く此の場をお引取(ひきと)りなされ」
 と云いつゝ短刀を右手の肋(あばら)へ引き廻せば、おいさは取付(とりつ)き嘆(なげ)きましたが、丈助は立派に咽喉(のど)を掻切(かきき)り、相果てました。それより早々(そう/\)其の筋へ届けますと、証書もありますから、跡方(あとかた)は障(さわ)りなく春見の身代は清水重二郎所有となり、前橋竪町の清水の家を起しましたゆえ、母は悦(よろこ)びて眼病も全快致しましたは、皆(み)な天民の作の観音と薬師如来の利益(りやく)であろうと、親子三人夢に夢を見たような心地(こゝち)で、其の悦び一方(ひとかた)ならず、おいさを表向(おもてむき)に重二郎の嫁に致し、江戸屋の清次とは親類の縁(えん)を結ぶため、重二郎の姉おまきを嫁に遣(や)って、鉄砲洲新湊町へ材木店(みせ)を開(ひら)かせ、両家ともに富み栄え、目出たい事のみ打続(うちつゞ)きましたが、是というも重二郎同胞(はらから)が孝行の徳により、天が清次の如き義気(ぎき)ある人を導いて助けしめ、遂(つい)に悪人亡(ほろ)びて善人栄えると申す段切(だんぎり)に至りましたので、聊(いさゝ)か勧善懲悪の趣意にも叶(かな)いましょうと存じ、長らく弁じまして、嘸(さぞ)かし御退屈でござりましたろうが、此の埋合(うめあわ)せには、又其の内に極(ごく)面白いお話をお聞(きゝ)に入れる積(つも)りでござりますれば、相変らず御贔屓(ごひいき)を願い上げます。

(拠若林※藏、伊藤新太郎筆記)[#地付き、地より1字アキ]