シルヴィアって誰?(シルヴィアってだれ?)

     登場人物
マーク
ウイリアムズ
ダフニ(プレンティス)
シドニー
イースル
オスカー(フィリップスン)
バブルズ(フェアーウエザー)
ノラ(パタスン)
デニス
ウィルバーフォース
ドリス
クロウイー
キャロライン

     第 一 幕 一九一七年 夏 午後八時頃
     第 二 幕 一九二九年 春 午後六時頃
     第 三 幕 一九五0年 冬 午後六時頃

(すべての場はナイツブリッジにあるアパートの一室)

     第 一 幕
(場 ナイツブリッジにあるアパートの二階の一室。左手に大きな窓。静かな通りに面している。奥の扉は玄関ホールに、右手の扉は寝室に通じている。独身の男が住んでいるらしい部屋。家具の選び方は一流だが、飾り 類は単調で、ありふれている。即ち、名画のコピー。主にオランダの風景画。それから、少女の頭部のブロンズが、あまり人目につかないように置いてある。)
(時は一九一七年夏、夕方の八時頃。薄暗くなり始めているが、それでも幕が開くと部屋の中央に、食事用のテーブル、そしてその上に二人分の食器類が置かれてあるのが見て取れる。部屋は現在のところ、無人。)
(玄関の扉が開く音がし、暫くしてマーク登場。三十二歳。いつも背広はサヴィル・ロウ、あるいはその付近で仕立てている。シングル・ブレストのディナージャケット、それに白いチョッキを着ている。小脇に何か抱えていて、その紙袋を取ると、それがシャンペンであることが分かる。それをサイドボードの上に置く。それからテーブルの上のものを調べる。二、三細かい変更を行なう。次に部屋の全体を眺め、ソファを念入りに調べ、クッションの位置を直す。それから急に思い付いたように窓へ行き、重いカーテンを引く。部屋は一瞬暗くなる。が、スイッチを捻り、再び明るくなる。それが明る過ぎると見てか、少し考えた後、また少し明るさを絞り、薄暗くする。テーブルの上にある花瓶の花の位置を変える。その効果を見るために立って後ろに下がる。あまり効果ないという表情で、再び椅子に坐る。そこからもう一つの椅子のある席に向かって、声は出さず、口だけを動かして、生き生きした会話を実行する。その時相手を見るためには花が邪魔で、首を曲げる必要があることに 付く。そこで花瓶の位置を少しずらせる。)
(さて、もう一度部屋を一渡り眺め、「これぐらいで良かろう」という表情。シガレットケースから煙草を取りだし、火をつけ、きびきびと電話器の方に進む。)
 マーク(受話器に向かって。)ハロー・・・スローン七八三八を頼む。(返事を待つ間、相変らず部屋を眺め回す。)カンリッフか?・・・そうだ。・・・奥様はそこか?・・・うん、頼む。・・・ああ、キャロライン・・・実はね、急に酷い事が起こってしまって。丁度今メソポタミアから長い電報が入ってね、夜遅くならないと帰れそうにないんだ。・・・そうだな、一番早くても夜中の十二時だ。まづそれよりはずっと遅くなると見た方がいい。ひょっとすると・・・え? 君の親父さん? 頼むよ。会えなくて残念だって僕から・・・いいんだ、そんな事は、キャロライン。そんな事は不要だ。事務所でいくらでも軽食は取れるんだから。・・・いいんだ、大丈夫なんだから。戦争中だ。こういうことには慣れておかなきゃ。・・・メソポタミアって言ったけど?・・・ うん。暗号の名前だ。これは世界中で一番複雑なんだ、この暗号は。・・・デニスには僕の代わりにキスを頼む。お利口にするんだ、と言っておいてくれ。・・・え?そんなことをか。(相手の言いなりになって。)分かる分かる、キャロライン。君の言う通りだ。そいつは我儘だ。明日の朝僕から言って聞かせるよ。・・・うん、きつく言うよ、必ず。・・・今夜は悪い、本当に。・・・じゃ、お休み。(電話を切る。再び交換手を呼び出すためにハンドルを回す。)ハロー、交換手? ああ、今のは終わった。ヴィクトリア八四四0を頼む。・・・もしもし、外務省? こちら子爵のセント・ネオッツ。今夜の中東局の当直は誰なんだ?・・・簡単な質問だぞ、これは。君はただ答えさえすればいいんだ。・・・ねえ、君。こちらは子爵、セント・ネオッツなんだ。外務省の。もう九年も勤めているんだ。 今私が知りたいのは・・・身分を証明しろって言ったって、電話でどうやれっていうんだ。 私は子爵、セント・ネオッツ。ビンフィールド侯爵の息子。既婚。息子が一人。五歳。名前はデニス。住所、ベルグレイヴ・スクエアー五十八番。これぐらいでどうだ? その他、確かめたいことがあれば何でも訊いてくれればいい。・・・(怒って。)上司のモールが許さんだと? モールに言うんだ。貴様は大馬鹿だとな。私がドイツのスパイなら、態々外務省になんか電話するか。それも中東局の今夜の当直を訊くなどと。とっくに知ってる筈だ。スパイなら、そんなことぐらい。だいたいそのスパイが中東局で働いているかも知れないじゃないか。(この最後の冗談は自分でも気に入った様子。満足そうにくすくす笑う。)・・・ああ、切っていいよ。言いたいことは言った。(再びハンドルを回す。)ハロー、交換手?・・・もう一回ヴィクトリア八四四0を頼む。途中で切れたんだ。・・・(怪しい作り声の、がらがら声で。)中東局に繋いでくれ。もしもし、中東局?・・・(普通の声で。)今夜の当直は?・・・ ミスター・セイモア? よし。じゃ、繋いでくれ。・・・チャーリーか。マークだ。ちょっと頼みがあるんだ。家から電話がかかって来たら、僕は君と一緒だ。メソポタミア暗号解読中と願いたい。僕は解読のまっ最中で手が離せないと。・・・何?・・・そうか。その方がいいか。ちょっとコーヒーで席を外してるね。さては経験あるな?・・・いや、僕はない。本当、一度もないんだ。この七年間で初めてだ。信じてくれなくてもいいが、本当なんだ。・・・いや、別に恥とは思ってない、まだ。明日になったらそうなるかな。今は何とも。・・・あ、そうだ、チャーリー。家から電話があった時、ここの番号を知っといた方がいい。ここはスローンの・・・畜生、忘れてるぞ。あんなによく覚えていたのに。いや、受話器に書いてない。・・・そうだ。電話帳にあるから調べておいてくれ。オスカー・フリップスンの名前で登録されてる。 いいな、オスカー・フィリップスンだ。住所はナイツブリッジだ。ウイルブラーム・テラス十二番。有難う、チャーリー。いつかまた。今度は僕が今の君の役をやるから。・・・(遅ればせながら。)あ、ところで、奥さんに僕からよろしくと。