大阪を歩く(おおさかをあるく)

  大大阪小唄

直木三十五作歌

一、大君の
  船着けましき、難波碕
   「ダム」はシックよ、伊達姿、
    君に似たかよ、冷たさは、
     黄昏時の水の色、
      大阪よいとこ、水の都市
二、高き屋に
  登りて、見れば、煙立つ、
    都市の心臓ハートか、熔鉱炉
     燃ゆる焔は、吾が想い
      君の手匙てさじで、御意のまま
       大阪よいとこ、富の都市
三、近松の
  昔話か、色姿
   酒場バーの手管は、ネオンサイン
     青と赤との、媚態コケティッシュ
       断髪のエロも、うれしかろ
        大阪よいとこ、色の都市
四、太閤の
  浪華の夢は、夢なれど、
   タキシーの渦と、人の波
    大大阪の横顔プロフィル
     そっと、与えた、投げ接吻キッス
      大阪よいとこ、都市の都市
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  大阪を歩く


  大阪と私

 私の父は、今でも、大阪に住んでいる。南区内安堂寺町二丁目という所で、誰が、何う探したって判らない位の小さい所――四畳半と、二畳との穴の中で、土蜘蛛のように眼を光らしている。
 多分、六十年乃至ないし、七十年位は住んでいるのであろう。私が、母親のへその穴から、んな所へ生れるのだろうかしらと、覗いた時にも、その位の、小さな家に住んでいた。そして、今と同じように、苦い顔をしている(親爺の面というものは、大体、苦くって、いつでも、最近と同じ齢をしている。しばしば父の若い時の顔を想像するが、これ位困難なことは無い)。
 私が、東京へ来い、と、云っても母親だけを寄越して、何うしても動かない。あんな、蚤の家のような所でも、住み慣れるといいのかもしれない(尤も、私の生れた、も一つの小さい家は、谷町六丁目交叉点の、電車線路になってしまっている。これは、大層悲しい事実だ)。
 然し、もっとよく考えると、父は、家よりも、大阪がすきなのらしい。「東京はあかん」と、東京へくると、私の家の前へ出て、五分程立ってみて「あかん」と、云って帰ってしまう。何故、あかん、のか、父の観察と、私の哲学とは少し距離がありすぎるし、父の耳が遠いから、聞いた事はない。
 私は、その父の伜であるが五年前までは、未だ、大阪が嫌いであった。大阪も、父もあかんと思うていた。二十年前、私が、文学へ志を立てた時、大阪も、父も、私に賛成してくれなかったからである。
 尋常小学校は、桃園を、高等小学校は、育英第一を(この三年時分から、先生に反抗するのを憶えた)、中学は、市岡を(ここで、物理の大砲という綽名の先生が、私を社会主義者だと云った。その時分の社会主義者という名は、今の共産党員以上の危険さを示していたから、余程、悪童であったにちがいない)。
 それから、大阪は、あかん、と東京へ行った。今年は、私は、三十五だから(去年も、確三十五だった。来年も、多分そうだろうが、この算術は、少しおかしい)十五年、東京に住んでいる訳である。
 尤も、その頃の文士は、全く、あかなんだ。電話のあるのが、夏目漱石一人切りで(これも、新聞社にいたからのお蔭であろう)、里見※(「弓+享」、第3水準1-84-22)が、初めて、一枚四十銭の原稿料を貰って、躍り上っている頃である。私の父が「文科へ入る。阿呆かいな」と、云ったのも、尤もな事である。
 だが、此頃になって、だんだん大阪がよくなって来た。父の居るせいもあるが、月に一度は必ず来る。谷崎潤一郎氏のように、地震が恐くて、料理がうまいから好きになったのでは無い。何となく、懐かしいのである(齢のせいだと人はいうが、私は、三十五じゃ無いか)。
 大阪の料理は、大阪人の進出によって、東京で十分に食えるし(うまい精進料理とすっぽんだけは食えぬ。誰ぞ、東京へきてやる人はおまへんやろか)。地震は、時々あった方が、おもしろい(地震のおもしろさに就てはその内に書く事があろう)。だから、私のは谷崎氏のとはちがう。
 だが、大阪へきても、歩く所がきまっている。いつも、心斎橋だったが、私が十か、十一の時分、東横堀の材木の間を、ストリート婆が出没していたが、そんな婆は今何うしているか?(私は、その頃、竹竿をもって、材木の間をつつきに歩いた。確に、悪童であったにちがいない)。私は、今の内に大阪の隅々を見ておかぬと、齢が齢である(いくつなんだか判らない三十五である)。
 所で、大阪を見たり、論じたりする場合、必ず、その好敵手である東京と比較して、女が、食物がというが、凡そこれ位、常套手段は無い――と思うが、何うも、これは、アメリカ人が、木登り耐久までもして、世界一という比較を誇ろうとする如く、文化の進歩上いい現象なのかもしれない。ただ私は、大阪生れの、東京住居ずまいである為に、或は、公平にも見えるし、或は偏頗へんぱになれもする。都合によっては、一方へ偏したり――多分、誰よりも、偏頗になりえられる。