青年(せいねん)

 藪下やぶしたの狭い道に這入る。多くは格子戸の嵌まっている小さい家が、一列に並んでいる前に、売物の荷車が止めてあるので、体を横にして通る。右側は崩れ掛って住まわれなくなった古長屋に戸が締めてある。九尺二間くしゃくにけんというのがこれだなと思って通り過ぎる。その隣に冠木門かぶきもんのあるのを見ると、色川国士別邸と不恰好ぶかっこうな木札に書いて釘附くぎづけにしてある。妙な姓名なので、新聞を読むうちに記憶していた、どこかの議員だったなと思って通る。そらから先きは余り綺麗でない別荘らしい家と植木屋のような家とが続いている。左側の丘陵のような処には、大分だいぶ大きい木が立っているのを、ひどく乱暴に刈り込んである。手入の悪い大きい屋敷の裏手だなと思って通り過ぎる。
 爪先上つまさきあがりの道を、平になる処まで登ると、又右側ががけになっていて、上野の山までの間の人家の屋根が見える。ふいと左側の籠塀かごべいのある家を見ると、毛利某という門札が目に附く。純一は、おや、これが鴎村おうそんの家だなと思って、一寸ちょっと立って駒寄こまよせの中をのぞいて見た。
 干からびた老人の癖に、みずみずしい青年の中にはいってまごついている人、そして愚痴と厭味とを言っている人、竿さお紐尺ひもじゃくとを持って測地師が土地を測るような小説や脚本を書いている人の事だから、今時分は苦虫をつぶしたような顔をして起きて出て、台所で炭薪すみまきの小言でも言っているだろうと思って、純一は身顫みぶるいをして門前を立ち去った。
 四辻よつつじを右へ坂を降りると右も左も菊細工の小屋である。国の芝居の木戸番のように、高い台の上に胡坐あぐらをかいた、人買か巾着切りのような男が、どの小屋の前にもいて、手に手に絵番附のようなものを持っているのを、往来の人に押し附けるようにして、うるさく見物を勧める。まだ朝早いので、通る人が少い処へ、純一が通り掛かったのだから、道の両側から純一一人をあてにして勧めるのである。外から見えるようにしてある人形を見ようと思っても、純一は足を留めて見ることが出来ない。そこで覚えず足を早めて通り抜けて、右手の広い町へ曲った。
 時計を出して見れば、まだ八時三十分にしかならない。まだなかなか大石の目のめる時刻にはならないので、い加減な横町を、上野の山の方へ曲った。狭い町の両側はきたない長屋で、塩煎餅しおせんべいを焼いている店や、小さい荒物屋がある。物置にしてある小屋の開戸ひらきどが半分いている為めに、身を横にして通らねばならない処さえある。勾配こうばいのない溝に、ごみが落ちて水がよどんでいる。血色の悪い、せこけた子供がうろうろしているのを見ると、いたずらをする元気もないように思われる。純一は国なんぞにはこんなあわれな所はないと思った。
 曲りくねってくうちに、小川こがわに掛けた板橋を渡って、田圃たんぼが半分町になり掛かって、掛流しの折のような新しい家のまばらに立っているあたりに出た。一軒の家の横側に、ペンキの大字で楽器製造所と書いてある。成程、こんな物のあるのも国と違う所だと、純一は驚いて見て通った。
 ふいと墓地の横手を谷中やなかの方から降りる、田舎道のような坂の下に出た。灰色の雲のある処から、ない処へ日がまわって、黄いろい、寂しい暖みのある光がさっと差して来た。坂を上って上野の一部を見ようか、それでは余り遅くなるかも知れないと、危ぶみながら佇立ちょりゅうしている。
 さっきから坂を降りて来るのが、純一が視野のはずれの方に映っていた、書生風の男がじき傍まで来たので、覚えず顔を見合せた。
「小泉じゃあないか」
 先方から声を掛けた。
「瀬戸か。出し抜けに逢ったから、僕はびっくりした」
「君より僕の方がぽど驚かなくちゃあならないのだ。何時いつ出て来たい」
「ゆうべ着いたのだ。やっぱり君は美術学校にいるのかね」
「うむ。今学校から来たのだ。モデルが病気だと云って出て来ないから、駒込こまごめの友達の処へでもこうと思って出掛けた処だ」
「そんな自由な事が出来るのかね」
「中学とは違うよ」
 純一は一本参ったと思った。瀬戸速人はやととはY市の中学で同級にいたのである。
「どこがどんな処だか、分からないから為方しかたがない」
 純一は厭味気いやみけなしに折れて出た。瀬戸も実は受持教授が展覧会事務所にっていないのをさいわいに、腹が痛いとか何とか云って、ごまかして学校を出て来たのだから、今度は自分の方で気の毒なような心持になった。そして理想主義の看板のような、純一の黒く澄んだひとみで、自分の顔の表情を見られるのがすこぶる不愉快であった。