青年(せいねん)

 この時十七八の、不断着で買物にでもくというような、廂髪ひさしがみの一寸愛敬あいきょうのある娘が、袖が障るように二人の傍を通って、純一の顔を、気に入った心持を隠さずに現したような見方で見て行った。瀬戸はその娘の肉附のい体をじっと見て、慌てたように純一の顔に視線を移した。
「君はどこへくのだい」
路花ろかに逢おうと思って行った処が、十時でなけりゃあ起きないということだから、このへんをさっきからぶらぶらしている」
「大石路花か。なんでもひどく無愛想な奴だということだ。やっぱり君は小説家志願でいるのだね」
「どうなるか知れはしないよ」
「君は財産家だから、なんでも好きな事をるがいさ。紹介でもあるのかい」
「うむ。君が東京へ出てから中学へ来た田中という先生があるのだ。校友会で心易くなって、僕の処へ遊びに来たのだ。その先生が大石の同窓だもんだから、紹介状を書いて貰った」
「そんなら好かろう。随分話のしにくい男だというから、ふいと行ったって駄目だろうと思ったのだ。もうそろそろ十時になるだろう。そこいらまで一しょにこう」
 二人は又狭い横町を抜けて、幅の広い寂しい通を横切って、純一の一度渡った、小川に掛けた生木なまきの橋を渡って、千駄木下せんだぎしたの大通に出た。菊見に行くらしい車が、大分続いて藍染橋あいそめばしの方から来る。瀬戸が先へ立って、ペンキ塗のくいにゐで井病院と仮名違かなちがいに書いて立ててある、西側の横町へ這入るので、純一は附いてく。瀬戸が思い出したように問うた。
「どこにいるのだい」
「まだ日蔭町の宿屋にいる」
「それじゃあ居所がまったら知らせてくれ給えよ」
 瀬戸は名刺を出して、動坂どうざかの下宿の番地を鉛筆で書いて渡した。
「僕はここにいる。君は路花の処へ入門するのかね。盛んな事を遣って盛んな事を書いているというじゃないか」
「君は読まないか」
「小説はめったに読まないよ」
 二人は藪下へ出た。瀬戸が立ち留まった。
「僕はここで失敬するが、道は分かるかね」
「ここはさっき通った処だ」
「それじゃあ、いずれその内」
左様さようなら」
 瀬戸は団子坂だんござかの方へ、純一は根津権現の方へ、ここで袂を分かった。


 二階の八畳である。東に向いている、西洋風の硝子窓ガラスまど二つから、形紙を張った向側むこうがわの壁まで一ぱいに日が差している。この袖浦館という下宿は、支那しな学生なんぞを目当にして建てたものらしい。この部屋は近頃まで印度インド学生が二人住まって、とうの長椅子の上にごろごろしていたのである。その時やす羅氈らせんの敷いてあった床に、今は畳が敷いてあるが、南の窓の下には記念の長椅子が置いてある。
 テエブルの足を切ったような大机が、東側の二つの窓の間の処に、少し壁から離して無造作に据えてある。何故なぜ窓の前に置かないのだと、友達がこの部屋の主人に問うたら、窓掛を引けば日が這入らない、引かなければぶしいと云った。窓掛の白木綿で、主人が濡手ぬれてを拭いたのを、女中が見て亭主に告口をしたことがある。亭主が苦情を言いに来た処が、もう洗濯せんだくをしてもい頃だと、あべこべに叱って恐れ入らせたそうだ。この部屋の主人は大石狷太郎である。
 大石は今顔を洗って帰って来て、更紗さらさの座布団の上に胡坐をかいて、小さい薬鑵やかんの湯気を立てている火鉢を引き寄せて、敷島しきしまを吹かしている。そこへ女中が膳を持って来る。その膳の汁椀しるわんそばに、名刺が一枚載せてある。大石はちょいと手に取って名前を読んで、黙って女中の顔を見た。女中はこう云った。
「御飯を上がるのだと申しましたら、それでは待っているとおっしゃって、下にいらっしゃいます」
 大石は黙ってうなずいて飯を食い始めた。食いながら座布団のそばにある東京新聞を拡げて、一面の小説を読む。これは自分が書いているのである。社に出ているうちに校正は自分でして置いて、これだけは毎朝一字残さずに読む。それが非常に早い。それからやはり自分の担当している附録にざっと目を通す。附録は文学欄でうずめていて、記者は四五人のほかでない。書くことは、第一流と云われる二三人の作の批評だけであって、その他の事には殆ど全く容喙ようかいしないことになっている。大石自身はその二三人のうちの一人なのである。飯が済むと、女中は片手に膳、片手に土瓶を持ってちながら、こう云った。
「お客様をお通し申しましょうか」
「うむ、来てもい」
 返事はしても、女中の方を見もしない。随分そっけなくして、笑談じょうだん一つ言わないのに、女中は飽くまで丁寧にしている。それは大石が外の客の倍も附届つけとどけをするからである。窓掛一件の時亭主が閉口して引っ込んだのも、同じわけで、大石は下宿料をきちんと払う。時々は面倒だから来月分も取って置いてくれいなんぞと云うことさえある。袖浦館の上から下まで、大石の金力に刃向うものはない。それでいて、着物なんぞは随分質素にしている。今着ている銘撰めいせんの綿入と、締めている白縮緬しろちりめんのへこ帯とは、相応に新しくはあるが、寝る時もこのまま寝て、洋服に着換えない時には、このままでどこへでも出掛けるのである。