晶子詩篇全集(あきこしへんぜんしゅう)

秋の野のとこ
はぎの花とも。



ともに歌へば、歌へば、
よろこび身にぞ余る。
賢きも智を忘れ、
富みたるも財を忘れ、
貧しき我等も労を忘れて、
愛と美と涙の中に
和楽わらくする一味いちみの人。

歌は長きもし、
悠揚いうやうとしてほがらかなるは
天に似よ、海に似よ。
短きは更に好し、
ちらとの微笑びせう、端的の叫び。
とにかくに楽し、
ともに歌へば、歌へば。



わが恋を人問ひたまふ。
わが恋を如何いかに答へん、
たとふればちさき塔なり、
いしずゑ二人ふたりの命、
真柱まばしらに愛を立てつつ、
そうごとに学と芸術、
汗と血を塗りて固めぬ。
塔は無極むきよくの塔、
更に積み、更に重ねて、
世の風と雨に当らん。
なほひくし、今立つ所、
なほ狭し、今見る所、
あまつ日も多くはさず、
寒きこと二月のごとし。
頼めるは、かすかなれども
だ一つうちなる光。



わがみち常日頃つねひごろ
三人みたり四人よたりとつれだちぬ、
また時として一人ひとり

一人ひとりく日も華やかに、
三人みたり四人よたりくときは
更にこころのたのしめり。

我等はりぬ、おのみち
ひとすぢなれどおのみち
けはしけれどもおのみち



病みぬる人は思ふこと
身のやまひをばきとして
すべてを思ふ習ひなり。
我は年頃としごろ恋をして
世の大方おほかたのちにしぬ。
かかる立場のがたし、
人に似ざれと、かたよれど。



ここでたれの車が困つたか、
泥が二尺の口をいて
鉄の輪にひたと吸ひ付き、
三度みたび四度よたび、人のすべつた跡も見える。
其時そのとき両脚りやうあし槓杆こうかんとし、
全身の力を集めて
一気に引上げた心は
鉄ならば火を噴いたであらう。
ああ、みづかはげむ者は
折折をりをり、これだけの事にも
その二つと無い命をける。



木は皆そのみづからの根で
地に縛られてゐる。
鳥は朝飛んでも
日暮には巣に返される。
人の身も同じこと、
自由なたましひを持ちながら
同じ区、同じ町、同じ番地、
同じ寝台ねだいに起きしする。



わたしは先生のお宅を出る。
先生の視線が私の背中にある、
わたしはれを感じる、
葉巻の香りが私を追つて来る、
わたしはれを感じる。
玄関から御門ごもんまでの
赤土の坂、並木道、
太陽と松の幹が太いしまを作つてゐる。
わたしはぱつと日傘を拡げて、
左の手に持ち直す、
頂いた紫陽花あぢさゐの重たい花束。
どこかでせみが一つ鳴く。



風ふくなかに
まはりの拍子木ひやうしぎの音、
二片ふたひらの木なれど、
かしの木の堅くして、
としつつ、
手ずれ、あぶらじみ、
しんから重たく、
二つ触れては澄みり、
嚠喨りうりやうたる拍子木ひやうしぎの音、
如何いかまはりの心も
みづから打ち
みづから聴きて楽しからん。



部屋ごとにけよ、
しよくの光。
かめごとにけよ、
ひなげしと薔薇ばらと。
慰むるためならず、
らしむるためなり。
ここに一人ひとりの女、
むるを忘れ、
感謝を忘れ、
ちさき事一つに
つと泣かまほしくなりぬ。



三十を越えていまめとらぬ
詩人大學だいがく先生の前に
実在の恋人現れよ、
その詩を読む女は多けれど、
詩人の手より
いへむすめか放たしめん、
マリイ・ロオランサンの扇。



じやうしま
岬のはて、
さゝしげり、
黄ばみてれ、
その下に赤き※(「涯のつくり」、第3水準1-14-82)きりぎし
近きみぎは瑠璃るり
沖はコバルト、
ここに来てしばすわれば
春のかぜ我にあつまる。



トンネルを又一つでて
海の景色かはる、
心かはる。
静浦しづうらの口の津。
わがけいする龍三郎りゆうざぶらう[#ルビの「りゆうざぶらう」は底本では「りうざぶらう」]の君、
幾度いくたびこの水をたまへり。