晶子詩篇全集(あきこしへんぜんしゅう)

切りたる石は白く、
船に当る日は桃色、
いそみちつつ曲る、
なほしばしあゆまん。



※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ルサイユきゆう[#ルビの「きゆう」は底本では「きう」]を過ぎしかど、
われはれにまさる花を見ざりき。
牡丹ぼたんよ、
葉は地中海の桔梗色ききやういろ群青ぐんじやうとを盛り重ね、
花は印度いんどの太陽の赤光しやくくわうを懸けたり。
たとひ色相しきさうはすべてむなしとも、
なにいたまん、
牡丹ぼたんを見つつあるあひだ
豊麗炎※えんねつ[#「執/れんが」、U+24360、11-上-10]の夢に我のひたれば。



きかな、うつくしきかな、
矢をつがへて、ひぢ張り、
引き絞りたる弓のかたち
射よ、射よ、子等こらよ、
鳥ならずして、射よ、
の空を。

まとを思ふことなかれ、
子等こらと弓との共に作る
そのかたちこそいみじけれ、
だ射よ、の空を。



わが思ひ、この朝ぞ
秋に澄み、一つに集まる。
愛と、死と、芸術と、
玲瓏れいろうとして涼し。
目を上げて見れば
かの青空あをそられなり、
その木立こだちれなり、
前なる狗子草ゑのころぐさ
涙しとどにめて
やがて泣けるれなり。



たで枯れて茎なほあかし、
竹さへも秋に黄ばみぬ。
そのみち草に隠れて、
草の露昼も乾かず。
咲き残るダリアの花の
泣くごとく花粉をこぼす。
童部わらはべよ、追ふことなかれ、
向日葵ひまはりの実をむ小鳥。



つばさ無き身の悲しきかな、
常にありぬ、なほありぬ、
大空高く飛ぶ心。
れは痩馬やせうま黙黙もくもく
重き荷を負ふ。人知らず、
人知らず、人知らず。



よその国より胆太きもぶと
そつと降りたる飛行船、
に去れば跡も無し。
我はおろかな飛行船、
君が心をのぞくとて、
見あらはされた飛行船。



もとなゝもと立つ柳、
冬は見えしか、一列の
廃墟はいきよのこ柱廊ちゆうらう[#ルビの「ちゆうらう」は底本では「ちうらう」]と。
春の光に立つ柳、
今日けふこそ見ゆれ、うつくしく、
これは翡翠ひすゐ殿とのづくり。



ものを知らざる易者かな、
我手わがてを見んと求むるは。
そなたに告げん、我がために
占ふことは遅れたり。
かの世のことは知らねども、
わがこの諸手もろで、この世にて、
上なきさちも、わざはひも、
取るべき限り満たされぬ。



をひなる者の歎くやう、
二十はたち越ゆれど、詩を書かず、
をどりを知らず、琴弾かず、
これ若き日とふべきや、
富むいへの子とふべきや。」
これを聞きたる若き叔母、
目のひたれば、手探りに、
をひの手をひにけり、
「いとし、今はいへを出よ、
さびしき我に似るなかれ。」



花を見上げて「悲し」とは
君なにごとをひたまふ。
うれしき問ひよ、さればなり、
春の盛りの短くて、
早たそがれの青病クロシスが、
さとき感じにわななける
女の白き身の上に
毒のむごと近づけば。



おもちやのくまを抱く時は
くまの兄とも思ふらし、
母に先だちく時は
母よりみちを知りげなり。
五歳いつゝに満たぬアウギユスト、
みづからたのむそのさが
母はよしやとみながら、
はた涙ぐむ、人知れず。



紅梅こうばいの花をけたつぼ
正月のテエブル
格別かはつた飾りも無い。
せめて、こんな暇にと、
絵具箱をけて、
わたしは下手へたな写生をする。
紅梅こうばいの花をけたつぼ



だ一つ、あなたに
お尋ねします。
あなたは、今、
民衆のなかに在るのか、
民衆のそとに在るのか、
そのおこたへ次第で、
あなたと私とは
永劫えいごふ[#ルビの「えいごふ」は底本では「えいがふ」]、天と地とに
別れてしまひます。



白きレエスをとほす秋の光
木立こだちと芝生との反射、
そとうち
浅葱あさぎの色に明るし。
立ちて窓を開けば