金属人間(きんぞくにんげん)

 Qなどという記号の元素は、九十二または九十三の元素表げんそひょうの中にまったく見出されない。そうすると、金属Qなるものは、それ以外の新元素かもしれないと考えられる。これは誰でもそう考えるだろう。
 つまり針目博士は、新金属Qをはじめて作りだす研究をやっていたものであるとするのである。元素表はもういっぱいであるのに、新元素があってたまるものかとも考えたくなる。どんな奇抜な方法によって、新元素を作り出したつもりでも、けっきょくは元素表にある元素の一つであるか、あるいはその同位元素であるというところに、収斂しゅうれんしてしまうのがおちであろう。
 だが、ここにもう一度よく考えてみなければならないことがある。
 それは、われわれのような俗人ぞくじんが論ずるから右のようになるが、しかし非凡ひぼんなる頭脳ずのう深遠しんえんなる学識がくしきをそなえた針目博士自身としては、新しい金属の創造などということは、けっして不可能なことではないと思われるのではあるまいか。そのへんのことは、われわれのうかがい知ることのできない領域りょういきだと、一時しておこう。
 そこでもう一度、本筋へもどって考える。なぜ針目博士は、あのすばらしい生命誕生の研究をやりっぱなしにして、新金属などの創造にくらがえをしたのであろうか。しいではないか。
 さあ、この答は、まったくむずかしい。博士は金属製造ということに、よほど強い魅力みりょくを感じたのであるかもしれない。だが、金属製造などということが、生命誕生の研究いじょうにそんなに魅力があるとは思われないではないか。けっきょく察しられることは、二つである。かの生命誕生の研究がまったく行きづまってしまい、研究の方向をかえなくてはならなかったものか。それともひじょうに特別な場合として、金属製造という研究の命題が、特に博士をすっかりひきつけてしまうほどの、ある出来事があったのではなかろうか。
 たぶん、あとの方があたっていると思う。なぜといって、前の方のように、あれだけ研究をつんだ生命誕生の研究が、一夜でばったり行きづまるようなことは、まずもって考えられないからである。
 そうなると、博士をきゅうに金属Q製造の方へひきつける動機となった、そのある出来事なるものはいったい何であったか、はなはだ興味をひかれる。――とにかくこの問題は、じつはまだけていない。それで、それはそれとして、針目博士がとつぜんわれわれの前へ脚光きゃっこうをあびてあらわれた、そのお目見得めみえの事件について、これから述べようと思う。
 それは恐ろしいなぞにみちた殺人事件であった。針目博士邸において、お手伝いさん谷間三根子たにまみねこが密室においてのどを切られて死んでいた事件である。
 申しおくれたが、わたしは探偵蜂矢十六はちやじゅうろくという者である。


   密室の事件


 この血みどろな事件を、あまりどぎつく記すことは、さしひかえたい。これはそういう血みどろなところをもって読者をねらうスリラー小説、もしくはグロ探偵小説とは立場をことにしているのであるから……
 どのようにして谷間三根子たにまみねこが死んでいたか。そして、そこはどんなぐあいに外からの侵入しんにゅうをゆるさない密室であったか――を、まずのべたいと思う。
 谷間三根子はお手伝いさんであった。としは二十三歳であった。お三根みねさんと呼ばれていたから、これからはお三根と書こう。
 お三根は、ほかのお手伝いさんとはちがい、ひとりだけ針目博士の研究所である煉瓦建れんがだての建物の中に部屋をあたえられて住んでいた。もっともそれは主家おもやから廊下ろうかがのびてきているとっつきの部屋であった。
 お三根がそこにいるわけは、博士が仕事をしているとき、きゅうに雑用ができた場合に、すぐさまとんで行けるためだった。
 博士は主家に寝室があったが、研究は徹夜でつづけられることもすくなくなかったし、またそのまま研究室の長いすで寝てしまうこともあったから、どっちかというと、博士はいつも研究室の屋根の下で暮らしていたといったほうがよいであろう。
 さてそのお三根は、三月一日の朝、いつまでたっても起きてくるようすがないので、朋輩ほうばいの者どもがふしんに思い、お三根の部屋のまえに集まって、入口のドアをわれるようにたたきつづけた。
 だが、お三根はやっぱり起きてこなかったし、部屋の中で返事もしない。そこで一同は、いちおう主人の博士のゆるしをうたうえで、力をあわせてそのドアをぶちこわしにかかった。
 ドアには、内側からかぎがかかっていたので、このドアにみんなが力をあわせてからだをぶっつけてこわすしか、いい方法がなかったのだ。貞造ていぞうという男と、お松とおしげというふたりのお手伝いさんの三人が、このドアにぶつかったのだ。しかしなれない仕事のこととて、はじめはうまくいかず、からだが痛くなるばかりなので一息ついて休んだ。