ハッカー倫理と情報公開・プライバシー(ハッカーりんりとじょうほうこうかい・プライバシー)

1 はじめに

クリントン政権が情報スーパーハイウェイ構想を掲げたことで、電子ネットワークは遽に一般の人々の注目を集めるようになっている。なかでも、全世界的情報基盤(Global Information Infrastructure) として事実上機能しているインターネットは、その本来の利用目的である研究者同士の情報交換のみならず、現在は商業利用の可能性が模索され、産業界のインターネット利用が増大しつつある [1]。

インターネットは1960年代末に研究者同士の情報交換のために実験が始まった ARPAnetに起源を持つ [2]。それから、現代までの約30年間には、当初からの利用者たちによって独特の倫理、道徳、思想、慣習法とでも言えるような漠然とした規範が形成されている。こうした電子ネットワーク上の先住者たちとでも言えるような人々、すなわちハッカーたちの規範と、後から参入してきた現実社会の規範にはかなりの程度のずれが存在していおり、現在ネットワーク上で生じているコンピュータへの無権限アクセスや著作権侵害等の法律問題の原因として大きく影響している [3]。

しかしながら、法律学の領域でこの電子ネットワーク上の規範について正面から検討されたことはなく、また、一般の人々がネットワークに不慣れなことに起因して、ハッカーは常習犯罪者(outlaw)であるという理解が一般的になっている。実際のネットワークの運用で慣習的に形成された彼らの規範を一切考慮せず、先のような法律問題を直ちに違法行為であると判断することは、ネットワーク上の法律問題を考えるときの態度としてはやや一面的だと思われる。そこで本稿では、「ハッカー倫理 (hacker ethic)」とも呼ばれうる考え方を彼らの主張をもとに整理し、それがアメリカ法に与えつつある影響について検討する。

2 ハッカー

2.1 ハッカーとは

まず、「ハッカー」という言葉は、「日本人」「アメリカ人」という語と同様に、それぞれに異なる個性を持った個人を包括的に指していることに注意する必要がある。従って、ハッカーが全て同じような人物であると一般化することは誤りである。次に、この語の指し示す対象が「技術に精通した人」であることについては、これまで参照してきたいずれの資料でも一致している。しかし、その対象が持っている属性については、肯定的なものから、否定的なものまでかなりの幅がある。コンピュータにそれほど精通していない人々が接する放送や出版物などの媒体では、「(とくに電子工学的)技術を悪用して不法な行為を行う人」であるという否定的認識が一般的なものである。一方、コンピュータの利用者の中でもとくに早い時期からコンピュータに親しんできた人々(彼ら自身が否定的意味におけるハッカーでないとしても)の間では、ハッカーという呼称は尊称として肯定的に用いられる場合がある [4]。
近年、コンピュータ・ネットワークが一般化するにつれて、否定的認識がますます大勢を占めるようになっているが [5]、早い時期からのコンピュータ愛好家たちは、ハッカーという呼称の本来の肯定的意味についての啓蒙活動を行い、否定的な意味におけるハッカーのことを「クラッカー(cracker)」と呼ぶように提唱している [6]。

ハッカーという言葉の由来について『ハッカーズ [7]』を見ると、そもそも「ハック」とは、工学系の技術を習得する場合の習得者の態度を示したものであることがわかる [8]。すなわち、その方法が学究的であるというよりも、むしろ情熱的で力任せである点で、しばしば通常の規範を逸脱していることを特徴とする。こうしたハックはしばしば結果において賞賛すべき成果を生み出す一方、その過程で「禁じられていることでも行う」という反社会的な態度を導くのである [9]。

また、ハッカーたちが大学で学生生活を送っていた時期が、丁度ベトナム反戦運動およびヒッピー運動の時代と重なったことを原因として、本来政治的要素を持たなかったハッカーという言葉に反政府的、無政府主義的要素が結合することになった。この時期を境に現在まで続く否定的ハッカー象が形成されたものと思われる。とくに、この時期、巨大産業に対するささやかな対抗意識と、単に電話料金を支払いたくないという堕落した倫理観を背景にして、電話交換機を不正に動作させ、電話料金を免れる「フリーキング(phreaking)」が流行した。この電話交換機の不正利用を行う「フリーク(phreak)」とハッカーはしばしば同一人物だったため、ここでもまた、フリークとハッカーの混同が生じて、「ハッカー」に否定的属性を追加したのである [10]。

さらに、コンピュータへの無権限アクセスを行うクラッカーたちが自らを「ハッカー」と僭称することが、ハッカーの語義をますます否定的なものとしている。クラッカーたちが無権限アクセスの手法等について記述した電子的文書である“Phrack”で、「ハック」という言葉は無権限アクセスのための手法と同義に用いられた [11]。例えば、「UNIXをハックする」「電話回線をハックする」という場合、このハックは無権限アクセスのために必要な作業のことを指している。こうして、ハッカーは常習犯罪者と同義の言葉として広く認識されるに至ったのである。