ジャン・クリストフ(ジャン・クリストフ)

[#左右中央]
     母に捧ぐ
[#改ページ]


 ジャンナン家は、数世紀来田舎いなかの一地方に定住して、少しも外来の混血を受けないでいる、フランスの古い家族の一つだった。そういう家族は、社会に種々の変化が襲来したにもかかわらず、フランスには思いのほかたくさんある。彼らは自分でも知らない多くの深い関係で、その土地に結びつけられているのであって、一大変動がない以上は、そこから彼らを引き抜くことはできない。彼らのそういう執着には、なんらの理由もないし、また利害関係もほとんどない。歴史的追憶などという博識な感傷性といったものは、ある種の文学者らにしか働きかけるものではない。打ちちがたい抱擁ほうよう力で人を一地方に結びつけるものは、もっとも粗野な者にももっとも聡明そうめいな者にも共通なる、漠然ばくぜんとしたしかも強い感覚――数世紀以来その土地の一塊であり、その生命に生き、その息吹いぶきを呼吸し、同じ床に相並んで寝た二人の者のように、その心臓の音がじかに自分の心臓へ響くのを聞き、そのかすかなおののき、時間や季節や晴れ日や曇り日の無数の気味合ニュアンス、事物の声や沈黙、などを一々感じ取ってるという、漠然としたしかも強い感覚なのである。おそらくは、もっとも美しい地方よりも、または生活のもっとも楽しい地方よりも、土地がもっとも簡素で、もっとも見すぼらしく、人間に近く、親しいれ馴れしい言葉を話しかけるような、そういう地方こそ、よりよく人の心をとらえるものである。
 ジャンナン家の人たちが住んでいたフランス中部の小地方は、まさにそのとおりであった。平坦へいたんうるおいのある土地、よどんだ運河の濁り水に退屈げな顔を映してる、居眠った古い小さな町。その周囲には、単調な田野、耕作地、牧場、小さな流れ、大きな森、単調な田野……。美景もなく、塔碑もなく、古跡もない。人の心をひきつけるようなものは何もない。しかし、すべてが人を引き留めるようにできている。その無気力懶惰らんだのうちには、一つの力が潜んでいる。それを初めて味わう者は、悩みと反発心とをそそられる。けれども、その印象を数代つづいて受けてきた者は、もはやそれから離脱することができない。すっかりみ込まれている。その事物の沈滞、そのなごやかな倦怠けんたい、その単調さは、彼にとって一つの魅力であり、深い甘美であって、彼はそれをみずから知ってはいず、あるいはけなしあるいは好むが、長く忘れることはできないであろう。

 ジャンナン家の人たちはいつもそこに生活してきた。町の中や近郊において、十六世紀まで家系をさかのぼることができた。というのは、一人の大伯父おじが一生をささげて、この無名な勤勉なつまらない人たちの系統を調べ上げたからである。農夫、小作人、村の職人、つぎには、僧侶そうりょ田舎いなかの公証人、などであって、しまいにその郡役所所在地に来て身を落ち着けたのであった。その地で、現在のジャンナンの父であるオーギュスタン・ジャンナンは、銀行家としてすこぶる巧みに仕事をしていった。巧妙な人物で、百姓のように狡猾こうかつ頑固がんこで、根は正直だが小心翼々たるところはなく、非常な働き者で快活であって、ずるい質朴しつぼくさや露骨な話しぶりや財産などのために、十里四方の人々から重んぜられ恐れられていた。背の低いでっぷりした強健な男で、痘瘡とうそうのある太いあから顔に、小さな鋭い眼が光っていた。昔は色好みだとの評判だったが、あとまでその趣味を全然失いはしなかった。彼は露骨な冗談やりっぱな御馳走ごちそうが好きだった。食卓の彼は見物みものだった。息子むすこのアントアーヌがその相手をし、他に会食者としては数名の老人仲間がいた。治安裁判所判事、公証人、大会堂の司祭――(ジャンナン老人はよく牧師を食い物にしていたが、牧師が大食家であるときにはそれと会食する道をも心得ていた)――ラブレー風の陽気な土地の同じモデルでこしらえられてる丈夫な快漢たちだった。馬鹿ばかげた冗談が火のように燃え上がり、テーブルに拳固げんこの音がし、荒々しい哄笑こうしょうの声がきたった。その快活な騒ぎは、台所の召使どもにも感染し、表を通りかかる人々にも感染していった。
 その後、オーギュスタン老人は、ごく暑い夏のある日、葡萄ぶどう酒をびんにつめようと思いたって、シャツ一つになってあなぐらへ降りていったが、そのとき肺炎にかかった。そして二十四時間とたたないうちに、あまり信じてもいないあの世へ旅だってしまった。もとより教会のあらゆる秘蹟サクラメントは行なわれたが、それも田舎いなかのヴォルテール主義者である善良な中流人士としてであって、女どもからかれこれ言われないために、臨終のおりされるままに任したのだった。彼にとってそれはどの道同じことだったし……また、死後のことはわかるものではない……。