時計とステッキ(とけいとステッキ)

 私は、今、時計といふものを持つて歩かない。時間を超越するほど結構な生活をしてゐる訳ではないが、時計を持つてゐなくつても、どうやら用事は足りるのである。そのかはりどこへ行つても、時間を知りたい時には、時計を持つてゐさうな人に、「いま何時?」と問ひかける。時間をきめて人を訪ねる時など、その家の近所へ辿りつくと、軒並みに薄暗い店のなかへ、それとなく素早い視線を投げて、柱時計のありかを一瞬間に突き止める修練は、いつの間にか積んだ。かういふ時、便利なやうで不便なのは時計屋の店である。なんとまぎらはしき針また針の方向!
 それでも、生れてから時計を一度も持つたことがないわけではない。十三にして、おやぢからニッケル側を貰ひ、二十三にして、自分の金で銀側を買つた。それ以来、その銀側を持ち続けてゐた筈だが、いつ、どこで、どうしたのか――ああ、さうさう、これを忘れてゐる法はない。巴里の、ある裏通りの、安下宿の二階で、ある日、病気で寝てゐると、そこへ、瓦斯屋に化けた強盗が、悠々とはいつて来て、いきなり、何か、石ころを袋に填めたやうなもので、熱のあるこの頭を、ガンと擲りつけ、痛いなあと思つてゐるところを、「金、金」と云ひながら、その辺を捜しまはし、化粧台の上にのせてあつた、例の銀時計を剃刀と一緒に持つて行つてしまつたのである。
 家主のお神さん、T夫人が、その後、私を彼女の物置に案内して、古い額などを見せた時、「こんなものが……」と云つて、埃の中からつまみ上げたのが、今、私の所有に属してゐる鉄側で、夫人のお父さんが、そのまたお父さんから譲り受けた品物であるといふだけでも、明かにロマンチック時代のあの懐しい面影を伝へてゐることがわからう。
 この鉄側は、しばらく、一本の短針だけで、大体の時間を知らせてゐたが、今は、それすら動かなくなつてしまつた。末弟が時計屋に持つて行つたら、大変珍しがるので、そんなに値打がある代物かと思つて、値ぶみをさせてみたら、笑ひながら、値段のつかないほど珍しいものだと云つたさうである。只なら欲しいといふ意味だらう。

 これからも、恐らく、時計を買ふことはないだらう。いま時計など持つて歩くと、始終捲くのを忘れたり、それならいいが、自分で時計を持つてゐるのをすら忘れて、やつぱり、人に「いま何時?」などと訊くに違ひない。さういふ場合、後から気がついて、またへまなことを、例へば、「どうもこの時計は遅れていかん」なんて、云ひ出すかもわからないではないか。
 それに第一、自分の時計が、それほど信用できるかどうか。ドンが鳴ると、一斉に時計を出して見て、一人が、「おや、今日のドンは三十秒早い」なんていふのは、まだ愛嬌にもなるが、「君の時計合つてる?」と訊かれ、即座に「合つてる」と答へる男は、そんなに頼もしくないやうな気もするのである。まして、「いま何時」――「今かい、今はね」と考へて、「零時…二十三分…十秒」などの気障きざさ加減に至つては鼻持ちがならぬ。

 私は、たまに――それこそ、ほんとに、百度に一度ぐらゐである――約束の時間に遅れることはあつても、断じて、その時間にきつちりその場所へ行き着いた例しはない。いつでも三十分か、時によると一時間早目に行き着くのである。さう心掛けてゐるわけではないが、さうせずにはゐられないのである。少し遅れて行くあの優越感に似た気持、わきから見るあの「ほどのよさ」を知らない訳ではないが、どうも、困つたもので、いつも早く行きすぎる。それが、恋人とのランデ・ヴウででもあるなら、まだ訳がわからないこともないが、旅行をする時の汽車の時間がさうである。芝居を見に行く時の開幕時間がさうである。晩餐に招かれた時がさうである。悲しいことには、借りた金を返しに行く時――もちろん、返し得る場合に限る――までが、さうなのである。
 なんで、自分の時計など、あてにするものか!

 私は、これまで身につけた時計の数は覚えてゐるが、これまで失つたステッキの数は覚えてゐない。それも、十三からステッキをついた筈ではないのに!
 私は、私が嘗て朝夕の散策に伴つた数々のステッキの運命について、この日ほどしみじみ考へたことはない。この日とは、私が大枚二十金を投じて、アッシュとやらいふ自然木の、柄にはつつましく象牙をあしらつた、見るからになんでもないやうなステッキを新調した日である。

 私が最初に握つたステッキは、たしか、おやぢの乗馬用の鞭のお古だつたと記憶する。私は、あの、節の細かい竹の棒を、ステッキとも杖ともつかず、無垢な十六の手で打ち振りながら、夏の耶馬渓を遡つた。

 それから、二十三まで、ステッキに遠ざかつた。
 Fさんの農園を見せて貰つた帰りに、雄勝川の橋の上で、アッと云ふ間もなく、真二つに折れた紅葉のステッキ!
 シモンヌ夫人の『※(「雛」の「隹」に代えて「鳥」、第4水準2-94-31)レグロン』に魂を奪はれ、サラ・ベルナアル座のボックスへ忘れて来た黒檀まがひの安物、思ひ出なればこそ心残りである。