純粋経済学要論(じゅんすいけいざいがくようろん)

     訳者序

 一九〇九年、レオン・ワルラスの七十五歳のよわいを記念して、ローザンヌ大学は m※(アキュートアクセント付きE小文字)daillon を作った。それには、次の銘が刻んである。
 "A L※(アキュートアクセント付きE小文字)on Walras, n※(アキュートアクセント付きE小文字)※(グレーブアクセント付きA小文字) Evreux en 1834, professeur ※(グレーブアクセント付きA小文字) l'Acad※(アキュートアクセント付きE小文字)mie et ※(グレーブアクセント付きA小文字) l'Universit※(アキュートアクセント付きE小文字) de Lausanne, qui le premier a ※(アキュートアクセント付きE小文字)tabli les conditions g※(アキュートアクセント付きE小文字)n※(アキュートアクセント付きE小文字)rales de l'※(アキュートアクセント付きE小文字)quilibre ※(アキュートアクセント付きE小文字)conomique, fondant ainsi l'※(アキュートアクセント付きE小文字)cole de Lausanne. Pour honorer cinquante ans de travail d※(アキュートアクセント付きE小文字)sint※(アキュートアクセント付きE小文字)ress※(アキュートアクセント付きE小文字)."
(一八三四年に Evreux に生れローザンヌ Acd※(アキュートアクセント付きE小文字)mie 並びにローザンヌ大学の教授であり、経済均衡の一般的条件を論証した最初の人であり、ローザンヌ学派の開祖であるレオン・ワルラスに。利慾を離れた五十年の研究生活に敬意を表するために。)
 この銘こそはワルラスの学問的業績を最も明確に表明しているものである。多くの経済学説史家は、メンガー、ジェヴォンスと共に限界利用説を作りあげたこと、または数学を経済学に応用したことをもって、ワルラスの学問的功績となそうとしている。まことにこの点に関するワルラスの業績は、時間的に見ればジェヴォンスとメンガーとにおくれてはいるが、立論の精緻なことにおいて、これらの学者の及ぶ所ではない。けれどもワルラスの業績の第一次的意義をここに求めようとするほど、彼に対する理解の浅薄を示すものはないであろう。だがワルラス自身さえも第一次的意義のあるものを意識しなかったのである。ローザンヌ学派に属する有力な一人である G. Sensini の一句、「ワルラスは、一八七三年から一八七六年の間に、有名な四箇の論文を書いた。――彼の学問的仕事はほとんどすべてこれらの中に含まれている。――しかし彼は、これらの論文に述べられた先人未発の思想の稀有の重要さを解しなかった。彼の頭脳と性質と、そして一部には偶然とが、彼をして、経済学にとりすこぶる豊沃な方途に向わしめたのである。しかるに不幸にも、彼は、社会改良家としての性質に支配されて、まもなくこの研究領域を捨てて、空想的応用方面に進んでいった(一)。」は、この事情を明快に指摘して、余蘊ようんがない。ワルラスが意識せると否とにかかわらず、彼の業績の客観的独自性は、経済現象の相互依存の関係(mutuelle d※(アキュートアクセント付きE小文字)pendance)を認識した点にある。一切の経済現象は各々独立なものではなく、相互に密接に作用し合っている。これら経済現象中のいずれの一つに起る変化も他のすべてに影響を及ぼし、これらの影響はまた逆にこの一つの現象に影響を及ぼす。従って経済現象はたがいに原因結果の関係によって結び付いているのではなく、相互依存の関係に織り込まれているのである。ワルラス以前にも経済現象が互にこの依存の関係をもっていることを認識した者がないではない。だがこれらの現象が同時にかつ相互に(ensemble et r※(アキュートアクセント付きE小文字)ciproquement)決定し合うことを証明した最初の人がワルラスであったことは、争う余地がない(二)。ところで、この相互依存の関係を明らかにするには、パレートがいっているように、通常の論理は無力であり、数学の力にらねばならぬ(三)。ワルラスが、経済学に数学を用いた理由の一つには、経済学が量に関する研究であることもあるが、その主たる理由は、数学のみがこれら経済現象の相互依存の関係を明らかにし得ることにあった。ワルラスの業績の独自性と偉大さとは、一に、この点にのみ存する。もちろん、あらゆる事の先駆者においてそうであるように、経済現象の相互依存の関係を発見したワルラスにも、これら現象の間に因果関係を認めているが如き見解が残っている。けれども、これは、いずれの先駆者にも除き尽すことの出来ない古い物の残滓ざんしである。
 この残滓はパレートによって除き去られて、ワルラスの一般均衡理論は、後期ローザンヌ学派の純粋なる一般均衡理論となった。今日 d※(アキュートアクセント付きE小文字)sint※(アキュートアクセント付きE小文字)ress※(アキュートアクセント付きE小文字) の経済科学者にとっては、主観的価値説もなければ、労働価値説もない。ひとり一般均衡理論あるのみである。経済現象の d※(アキュートアクセント付きE小文字)sint※(アキュートアクセント付きE小文字)ress※(アキュートアクセント付きE小文字) な研究をなそうと志す人々は、ワルラスとパレートとの研究から始めねばならない。誤訳なども多くあるかもしれないこの「純粋経済学要論」が、これらの人々にとっていくらかの役に立ち得るならば、訳者のこの仕事は無駄にはならぬであろう。この場合にも、R. Gibrat が Les In※(アキュートアクセント付きE小文字)galit※(アキュートアクセント付きE小文字)s ※(アキュートアクセント付きE小文字)conomiques, Paris. 1931. の表紙に引用した Carver の一句は、記憶のうちに止めらるべきであろう。