行乞記(ぎょうこつき)

死をまへの木の葉そよぐなり
陽を吸ふ
死ぬる夜の雪ふりつもる
生死のなかの雪ふりしきる


十二月廿二日

 晴、汽車で五里、味取、星子宅。

私はまた旅に出た。――
『私はまた草鞋を穿かなければならなくなりました、旅から旅へ旅しつゞける外ない私でありました』と親しい人々に書いた。
山鹿まで切符を買うたが、途中、味取に下車してHさんGさんを訪ねる、いつもかはらぬ人々のなさけが身にしみた。
Sさんの言葉、Gさんの酒盃、K上座の熱風呂、和尚さんの足袋、……すべてが有難かつた。
積る話に夜を更かして、少し興奮して、観音堂の明けの鐘がなるまで寝つかれなかつた。

十二月廿三日

 晴、冬至、汽車で三里、山鹿、柳川屋(三〇・中)

九時の汽車で山鹿まで、二時間ばかり行乞する、一年ぶりの行乞なので、何だか調子が悪い、途上ひよつこりS兄に逢ふ、うどんの御馳走になり、お布施を戴く。
一杯ひつかけて入浴、同宿の女テキヤさんはなか/\面白い人柄だつた、いろ/\話し合つてゐるうちに、私もいよ/\世間師になつたわいと痛感した。

十二月廿四日

 晴、徒歩八里、福島、中尾屋(二〇・上)

八時過ぎて出立、途中ところ/″\行乞しつゝ、漸く県界を越した、暫らく歩かなかつたので、さすがに、足が痛い。
山鹿の宿も此宿も悪くない、二十銭か三十銭でこれだけ待遇されては勿体ないやうな気がする。
同宿の坊さん、籠屋のお内儀さん、マヽ旋屋さん、女の浪速節語りさん、みんなとり/″\に人間味たつぷりだ。

十二月廿五日

 曇、雨、徒歩三里、久留米、三池屋(二五・中)

昨夜は雪だつた、山の雪がきら/\光つて旅人を寂しがらせる、思ひだしたやうに霙が降る。
気はすゝまないけれど十一時から一時まで行乞、それから、泥濘の中を久留米へ。
今夜の宿も悪くない、火鉢を囲んで与太話に興じる、痴話喧嘩やら酔つぱらひやら、いやはや賑やかな事だ。

十二月廿六日

 晴、徒歩六里、二日市、和多屋(二五・中)

気分も重く足も重い、ぼとり/\歩いて、こゝへ着いたのは夕暮だつた、今更のやうに身心の衰弱を感じる、仏罰人罰、誰を怨むでもない、自分の愚劣に泣け、泣け。
此宿もよい、宿には恵まれてゐるとでもいふのだらうか、一室一燈を一人で占めて、寝ても覚めても自由だ。
途中の行乞は辛かつた、時々憂欝になつた、こんなことでどうすると、自分で自分を叱るけれど、どうしようもない身心となつてしまつた。
禅関策進を読む、読むだけが、そして飲むだけがまだ残つてゐる。
毎日赤字が続いた、もう明日一日の生命だ、乞食して存らへるか、舌を噛んで地獄へ行くか。……
こゝは坊主枕なのがうれしい、茣座枕は呪はれてあれ! こんな一些事がどんなに孤独の旅人を動かすかは、とても第三者には解りつこない。
床をならべた遍路さんから、神戸の事、大阪の事、京都の事、名古屋の事、等、等を教へられる、いゝ人だつた、彼は私の『忘れられない人々』の一人となつた。

十二月廿七日

 晴后雨、市街行乞、大宰府参拝、同前。

九時から三時まで行乞、赤字がさうさせたのだ、随つて行乞相のよくないのはやむをえない、職業的だから。……
大宰府天満宮の印象としては樟の老樹ぐらいだらう、さん/″\雨に濡れて参拝して帰宿した。
宿の娘さん、親類の娘さん、若い行商人さん、近所の若衆さんが集つて、歌かるたをやつてゐる、すつかりお正月気分だ、フレーフレー青春、下世話でいへば若い時は二度ない、出来るだけ若さをエンヂヨイしたまへ。

十二月廿八日

 晴、汽車で四里、酒壺洞居。

九時の汽車で博多へ、すぐ市役所に酒君を訪ねたが、忙しいので、後刻を約して市街を行乞する。
今夜はよく飲んだ、自分でも呆れるほどだつた、しかし酔つたいきほひで書きまくつた、酒君はよく飲ませてもくれるけれど、よく書かせもする。
市は市のやうにハジキが多い、十軒に一軒、十人に一人ぐらゐしか戴けない、ありがたかつたのは、途上で、中年婦人から五銭白銅貨を一つ、田舎者らしい人から一銭銅貨を三枚喜捨せられた事だつた。
この矛盾をどうしよう、どうしようもないといつてはもう生きてゐられなくなつた、この旅で、私は身心共に一切を清算しなければならない、そして老慈師の垂誨のやうに、正直と横着とが自由自在に使へるやうにならなければならない。
あゝ酒、酒、酒、酒ゆえに生きても来たが、こんなにもなつた、酒は悪魔か仏か、毒か薬か。

十二月廿九日

 曇、時雨、四里、二日市、和多屋。

十時、電車通で別れる、昨夜飲み過ぎたので、何となく憂欝だ、どうせ行乞は出来さうもないから、電車をやめて歩く、俊和尚上洛中と聞いたので、冷水越えして緑平居へ向ふつもり、時々思ひだしたやうに行乞しては歩く。
武蔵温泉に浸つた、温泉はほんたうにいゝ、私はどうでも温泉所在地に草庵を結びたい。