日記(にっき)

 もう三月八日から дом отдыха〔休息の家〕が開かれると新聞に出た。モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)保健局直属の八つの дом、建物の手入れに 270,000р かかる。
 二週間休む者に二十六留かける。今年は 108,000 人を収容する予定。

 一昨日から右の目が変になった。しぱしぱして永くものを見て居られない。涙が出る。ホーさん湿布をして、二日何もよまずに暮した。その日の永さ!「永日小品」の情趣以上に永い。医者が今日はどうしました、退屈ですかと云った。
 もうついてから四十八九日になる。戸外が厳寒で日光もなかった時分は、自分の体の動かないことについて苦痛も感ぜず、静かな心持であった。ところが、四五日前からめっきり日がのび夕方があるようになった。午後五時すぎまで夕暮の光がのこり出した。一月頃は朝も十二時近くやっと正面の壁の一部に雪明りめいた光線が風にゆれゆれうつった。明るい。同時に寒さがその揺れる光のなかにもあった。
 昨日今日は、八時に窓一杯の日光が流れ入る。日本の朝に似て、清らかに活々した太陽の光だ。自分は枕の上から、卓子の上を眺める。そこにアスパラガスの鉢は房々した細い叢葉のことごとくを爽やかな日光に照らされ、宛然さながら、生をよろこぶように新芽をのばして居る。美しいみものだ。自分の心の中にも動きたいのぞみが起る。起きたい。仕事をしたい。もう直き終るモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)のモローズの雪に凍った街々を歩きたい。来年の冬、自分は雪のモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)を見ることはないであろう。眼から、髪の毛から、手肢の皮膚から、わがモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)を吸い込みたい。この慾望は性慾に似たものだ。
 外気は〇・二十度でも、早春が雪の下から感じられる。
 昨夜、窓のカーテンのすき間から月の光が寝て居る自分の毛布の上にさした。
           ――○――
 死ぬかもしれぬという心持のとき人間が扉わくの三段になったくりにさえ感じる愛。古田大次郎のあの心持に対する理解。

 ○今日からソヴェートの選挙、十五日間つづく。
 ○夜、青年が、旗や提灯をつけて行列した。
 ○各工場、病院各※(二の字点、1-2-22)делегат〔代議員〕とを出す、箇人勝手ではない。1000
 ○病院の若い助手は医者でないのは、ビールジャ・トルダー〔職業紹介所〕でする、ベズラボートヌイ〔失業者〕と同じ。

 今日、山下さん立つ。Y、二四分居たきりでかえった。自分何だか不機嫌になった。

三月十四日

(木)
 きのう、雪が降った。がぽったりした大きな柔かい雪であった。
 雪はまだ屋根の上にも樹の上にもあるが、風が出ると白雲が盛にながれた。水色の柔かい、軽い空が現れ、日の光がさし出した。窓に立って外を眺める。雨だれが落ちて居る。外科の屋根に二人雪かきの男が働いて居る。石炭をつんだ馬橇がつづいて三台来た。馬の鼻息はまだ白い。一匹の馬が前の石炭の上につもった雪をたべつつ歩いた。薪をつんだ馬橇の馬は前髪に一片赤い飾をつけて居る。一つも赤いものない自然の中でこの馬の飾りは美しかった。
 雪がとけ柔かになって、樹木のしなやかさが感じられた。雀が樹から樹へ低くとんだ。

 一昨日初めて廊下を散歩した。十間ばかりのところを、左側に窓、そとは日かげで雪が深く積って居る。右に四つの病室と開いた扉から見える壁間の額を眺めつつ二三度歩いた。長椅子にかけて居る患者たちが興味をもって日本のキモノを見る。そこへ赤い櫛をさした大学生も出て来、喋りつつ劇場の広間を歩くように歩いて居たら、つき当りの戸が開き片岡さんが来た。
――さ、あなたのところへお客様が来た。
 そう云って大学生は傍にのいてしまったが、ひろい明るい廊下の真中で片岡さんの顔の黒いのにはびっくりした。
 室へかえり、話し、二時間ばかりで片岡さんはかえった。土曜日にいよいよ出発ときまった由。自分もう一週間もしたら退院の予定だし。カルルス※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ードへ行く金のこともあり、Yへ手紙を書いた。書いてしまうと何だか右の腰が痛いようなだるいような風だ。
 昨日の朝、例によって起き歩き出すと、ひとりでに手が右の脇腹へ行く。気がつくと歩くとき押えて歩く。不安でかさばる感じがあるのだ。ゆたんぷをあてて仰臥一日臥た。そして久しぶりで обед の後午睡した。
 さて今日になったが、少し悪くなった傾向。案の定肝臓も又ふくれて居る。何が原因で二ヵ月と二週間後又後戻りをしたのか不明。或は歩いたのがわるかったか? マクス曰く
――一世紀臥たきりで居るわけには行かない――
 その通りだ。
 湯たんぷを当て、而もその湯たんぷは身重のターニャが口のゴムをおっことして間に合わせ仕事をしてある為、必ず口を上に向けて脇腹に当て臥て居るうちに、自分の心持、又二十日ばかり前の状態に戻ったのを発見した。ひどく苦しかった時は勿論、少しよくなってから、自分はこの病室の内で適切に云えば三尺と六尺の bed の上の生存に一種調和した感情をもって暮した。日常の些事が静に主体的に精神に映って来て、かすかなる楽しささえあった。