処刑の話(しょけいのはなし)

「こいつがまた、いい機械なんです。」
 旅人にそう言って、将校は、もう知りつくしたはずの機械を、あらためてほれぼれと眺めた。
 ただの義理だった。
 旅人は司令官に頼まれて、しぶしぶ来ていた。一人の兵士が、不服従と上官侮辱で処刑されるから、立ち会ってほしい、と。
 この流刑地でも、この処刑に対する関心は低いようだった。
 荒れ果てた深い谷の底に、小さな場所があった。周りの斜面には草が一本も生えていなくて、谷底に将校と旅人と囚人。
 囚人はぼんやりとしていた。大きな口に、汚れるにまかせた顔と髪。
 隣にはもう一人兵士がいて、重そうな鎖を握っていた。囚人の首、手首、足首には小さな鎖がくくりつけられてあって、それぞれをつなげる鎖がまた別にあり、最後に兵士の持つ重い鎖にまとめられていた。
 しかし、囚人は犬のようにおとなしくしていたので、鎖を外して、この谷間の斜面で勝手に走り回らせても、処刑執行の際に口笛さえ吹けば、帰ってくるにちがいなかった。
 旅人はこの機械にあまり関心がなく、囚人の後ろを何とはなしにただぶらぶら歩いていた。
 一方、将校は最後の準備にとりかかっていた。地面にしっかりとりつけられた機械の下にもぐったり、梯子に登って、上の部分を調べたりした。
 機械工にでもまかせればいいことだったが、将校自らが熱心に取り組んでいた。それはこの機械に思い入れがあるからかもしれないし、何か他の人にはまかせられない理由でもあるのかもしれない。
「準備完了!」
 そう言って将校は、ようやく梯子を下りてきた。ひどく疲れた様子で、口を大きく開けて息をついた。薄い婦人用のハンカチを二枚、軍服の衿と首の間に押し込む。
「その軍服、この熱帯ではおつらいでしょうね。」
 旅人が言った。将校は機械のことを聞いてくれると思っていたのだが、
「いかにも。」
 そう返すと、将校は手についた油やグリスを、用意しておいたバケツの水で洗い落として、すぐに言葉を付け加える。
「しかし、この軍服は祖国も同様。祖国を失いたくはありませんので。さぁ、ぜひ、この機械をご覧ください。」
 手を布でぬぐいながら、機械の方を示した。
「手がかかるのはここまでで、あとはみんなこの機械がひとりでにやってくれます。」
 旅人はうなずいて、将校の後ろにつづいた。
 将校は、何も問題が起こらないよう念入りに機械を点検する。
「もちろん故障もします。今日は起こってほしくありませんが、それでも備えは必要です。この機械は、連続十二時間動作しつづけてくれないと困るんです。たとえ故障が起こったとしても、たいていはささいなことで、すぐ修理できるのですけどね。」
 そこまで言うと、将校が「お掛けください。」と、積み上げられた籐椅子の山から、ひとつ引き出して、旅人の前に置いた。
 旅人は断りきれず、しぶしぶ坐った。
 ちょうど前に穴のあるところで、何となく目をそちらに向けた。それほど深くない穴で、掘り出された土がそばに積み上げられてあった。その穴を挟んだちょうど向かいに、機械が設置されていた。
「この機械のことは、もう司令官からお聞きになりましたか?」
 旅人は曖昧に手を振った。
 将校はそれ以上訊ねようとせず、自分で機械のことを説明し始めた。
「この機械は――」
 将校が機械のシャフトをつかんで、体重をあずけた。
「――先の司令官の発明なのです。私は企画立案から完成するまで、すべてに携わりました。しかし、これを発明した栄誉は司令官にこそふさわしい。先の司令官のことはご存じですか? ご存じない。そうですね、この流刑地のメカニズムそのものが、彼の作品だと言っても過言ではありません。友人たる我々は、司令官がお亡くなりになったとき、もう気づいていたのです。この流刑地は、それ自体で一個の完成品であり、後任の司令官にどんな新しい考えがあろうと、この先少なくとも数十年は、このやり方でやっていけるだろう、とね。まったくその通りで、後任の司令官もその点を認めざるをえませんでした。しかし先の司令官をご存じないとは、まったく残念です。さて――」
 将校は一息ついて、
「――おしゃべりがすぎました。目の前にあるこれが、司令官の作った機械です。見ての通り、三つの部分からなっています。使っているうちにみんな、いわゆる通り名というやつで呼ぶようになりましてね。この下のやつが『ベッド』で、上のが『製図屋』、真ん中でぶらぶらしてるのが『馬鍬』と呼ばれています。」
「まぐわ、ですか?」
 旅人はぼうっとしながら、聞き返した。
 強い日射しが、影のない谷に突き刺さる。
 何か考えようとしても、そう簡単にはいかなかった。
 それにひきかえ、将校にはびっくりする。
 この暑さにもかかわらず、式典用の正装を着ているのだ。飾りひもつきの肩章がある、ぴっちりした軍服だ。