春と修羅 第三集(はるとしゅら だいさんしゅう)

一九二六、五、二、

畑を過ぎる鳥の影
青々ひかる山の稜

雪菜の薹を手にくだき
ひばりと川を聴きながら
うつつにひととものがたる
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一九二六、五、二、

陽が照って鳥が啼き
あちこちの楢の林も、
けむるとき
ぎちぎちと鳴る 汚ない掌を、
おれはこれからもつことになる
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一九二六、五、一五、

ぎっしり生えたち萱の芽だ
紅くひかって
仲間同志に影をおとし
上をあるけば距離のしれない敷物のやうに
うるうるひろがるち萱の芽だ
   ……水を汲んで砂へかけて……
つめたい風の海蛇が
もう幾脈も幾脈も
野ばらの藪をすり抜けて
川をななめに溯って行く
   ……水を汲んで砂へかけて……
向ふ岸には
蒼い衣のヨハネが下りて
すぎなの胞子たねをあつめてゐる
   ……水を汲んで砂へかけて……
岸までくれば
またあたらしいサーペント
   ……水を汲んで水を汲んで……
遠くの雲が幾ローフかの
麺麭にかはって売られるころだ
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一九二六、六、一八、

南の風も酸っぱいし
穂麦も青くひかって痛い
それだのに
崖の上には
わざわざ今日の晴天を、
西の山根から出て来たといふ
黒い巨きな立像が
眉間にルビーか何かをはめて
三っつも立って待ってゐる
疲れを知らないあゝいふ風な三人と
せいいっぱいのせりふをやりとりするために
あの雲にでも手をあてて
電気をとってやらうかな
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一九二六、六、二〇、

道べの粗朶に
何かなし立ちよってさはり
け白い風にふり向けば
あちこち暗い家ぐねの杜と
花咲いたまゝいちめん倒れ
黒雲に映える雨の稲
そっちはさっきするどく斜視し
あるいは嘲けりことばを避けた
陰気な幾十の部落なのに
何がこんなにおろかしく
私の胸を鳴らすのだらう
今朝このみちをひとすぢいだいたのぞみも消え
いまはわづかに白くひらける東のそらも
たゞそれだけのことであるのに
なほもはげしく
いかにも立派な根拠か何かありさうに
胸の鳴るのはどうしてだらう
野原のはてで荷馬車は小く
ひとはほそぼそ尖ってけむる
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一九二六、六、二〇、

この萌えだした柳の枝で
すこしあたまを叩いてやらう
叩かれてぞろぞろまはる
はなはだ艶で無器用だ
がらがら蛇でもない癖に
しっぽをざらざら鳴らすのは
それ響尾蛇に非るも
蛇はその尾を鳴らすめり
青い
青い
紋も青くて立派だし
りっぱな節奏リズムもある
さう そのポーズ
いまの主題は
「白びかりある攻勢」とでもいふのだらう
しまひにうすい桃いろの
口を大きく開くのが
役者のこはさ半分に
所謂見栄を切るのにあたる
もすこしぴちゃぴちゃ叩いてやらう
今日は廐肥をいぢるので
蛇にも手などを出すわけだ
けれども蛇よ、
どうも、おまへにからかってると
酸っぱいトマトをたべてるやうだ
おまへの方で遁げるのか
それではひとつわたしも遁げる
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一九二六、七、八、

こゝから草削ホウをかついで行って
玉菜畑へ飛び込めば
宗教ではない体育でもない
何か仕事の推進力と風や陽ざしの混合物
熱く酸っぱい阿片のために
二時間半がたちまち過ぎる
そいつが醒めて
まはりが白い光の網で消されると
ぼくはこゝまで戻って来て
水をごくごく呑むのである
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一九二六、七、一四、

松森蒼穹そらに後光を出せば
片頬黒い県会議員が
ひとりゆっくりあるいてくる

羊歯やこならの丘いちめんに
ことしも燃えるアイリスの花
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一九二六、七、一四、

アカシヤの木の洋燈ラムプから
風と睡さに
朝露も月見草の花も萎れるころ
鬼げし風のきもの着て
稲沼ライスマーシュのくろにあそぶ子
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一九二六、七、一五、

驟雨カダチはそそぎ
土のけむりはいっさんにあがる
  あゝもうもうと立つ湯気のなかに
  わたくしはひとり仕事を忿る
    ……枯れた羊歯の葉
      野ばらの根
      壊れて散ったその塔を
      いまいそがしくめぐる蟻……
杉は驟雨のながれを懸け
またほの白いしぶきをあげる
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一九二六、八、八、

「おしまひは
シャーマン山の第七峰の別当が
錦と水晶の袈裟を着て
じぶんで出てきて諫めたさうだ」

青い光霞の漂ひと翻る川の帯
その骨ばったツングース型の赭い横顔
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一九二六、八、一五、

悪どく光る雲の下に
幅では二倍量では恐らく十倍になった北上は