ディカーニカ近郷夜話 前篇(ディカーニカきんごうやわ ぜんぺん)

 フォマ・グリゴーリエ※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ッチには一種奇妙な癖があつた。あの人はおなじ話を二度と繰りかへすのが死ぬほど嫌ひだつた。どんなことでも、もう一度はなして貰ひたいなどと言はうものなら、きまつて、何か新事実をつけ足すか、でなければ、まるで似ても似つかぬものに作りかへてしまふのが、いつものでんであつた。ある時のこと、一人の紳士が、――とはいへ、われわれ凡俗にはああした人たちをいつたいどういつて呼ぶべきかが既に難かしい問題なんで、戯作者かといふに戯作者でもなし、いはば定期市ヤールマルカの時にこちらへやつて来る、あの仲買人とおんなじで、矢鱈無性に掻きよせて、何彼なにかにの差別なく一手に引き受け、剽窃の限りを尽してからに、ひと月おきか一週間おき位に、いろは本より薄つぺらな小冊子を矢継ぎばやに発行するといつた手合なんだが――さうした紳士の一人が、他ならぬこの物語をフォマ・グリゴーリエ※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ッチから聴きこんだ訳だが、フォマ・グリゴーリエ※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ッチの方はもう、そんなことはとつくに忘れてしまつてゐたのぢや。ところが或る日のこと、ポルタワから、他ならぬその紳士が豌豆色の上つ張りを著こんでやつて来たのぢや――この仁のことは、いつかお話したこともあるし、当人のものした或る小説は諸君もすでに一読されたことだらう――とにかく、やつて来るなり、この先生、小さな本を一冊だして、その中ほどを開いてわれわれに示したものぢや。フォマ・グリゴーリエ※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ッチはやをら眼鏡を引きよせて、鼻へ掛けようとしたが、それに糸を巻きつけて蝋で固めておくことをつい忘れてゐたのに気がつくと、その本をわたしの方へさし出したのぢや。わたしは、これでもまあどうにか読み書きも出来るし、眼鏡をかけるにも及ばないので、さつそくそれを受けとつて読みにかかつたといふ訳さ。ところが、ものの二枚とははぐらないのに、あの人はいきなり、わたしの手を押へておしとどめたものぢや。
「ちよつと待つて下され! まづ初めに、いつたい何をお読みになるのか、それを一つ伺つておきたいものぢやて。」
 正直なところ、そんなことを訊かれてわたしは少々あつけに取られた。
「何を読むですつて、フォマ・グリゴーリエ※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ッチ? あなたのお話ですよ、あなたが御自身でなすつた物語ぢやありませんか。」
「いつたい誰がそんなものをわたしの物語だと言ひましたんで?」
「論より証拠ぢやありませんか、ここにちやんと刷りこんでありまさあね、※(始め二重括弧、1-2-54)役僧なにそれこれを物語る※(終わり二重括弧、1-2-55)と。」
「ちえつ、そんなことを刷りこみをつた奴の面に唾でも引つかけておやりなされ! 大露西亜人モスカーリの畜生めが、嘘八百で固めをる! 誰がそんな風に話すもんですかい? まるで箍のゆるんだ桶みたいな、ぼんくら頭の野郎ぢやて! まあお聴きなされ、それぢやあ、改めて一つその話をいたしませう。」
 われわれが卓子へすりよると、彼は次ぎのやうに語りはじめた。
 わしの祖父といへば、(どうか、あのひとに天国の恵みがありまするやうに! またあの世では小麦粉の白麺麭ブハニェーツと、蜂蜜をつけた罌粟餡麺麭マーコフニクばかり鱈腹食べてをりまするやうに!)いや実に話上手な人ぢやつた。よく祖父が話をはじめると、まる一日ぢゆう席を立たずに聴き入つても飽きなかつたものぢや。とてもとても、今時の道化どもが口から出まかせの嘘八百を、ものの三日も飯を食はなかつたやうな舌まはりでやりだしたが最後、さつそく帽子を掴んで戸外おもてへ飛び出さずにゐられないといつた、あんな手合とは、てんで比べものにもなんにもなつたものぢやない。今もまざまざと思ひ出すのは、亡くなつた老母がまだ存命ちゆうの頃のことでな――戸外そとでは酷寒マローズがぴしぴしと音を立てて、自宅うちの狭い窓をこちこちに凍てつけるやうな冬の夜長の頃、母は麻梳グレーベニの前で長い長い絲を手繰りだしながら、片方の足で揺籃ゆりかごをゆすぶりゆすぶり、子守唄をうたつてゐたつけが、その唄声が今もわしの耳の中で聞えてをりますわい。油燈カガニェツはなんぞに怯えでもしたやうに顫へてパチパチと燃えながら、うちの中のわしたちを照らしてゐる。紡錘つむはビイビイと唸つてゐる。そこでわしたち子供一同は一塊りに寄りたかつて、老いこんでもう五年の余も煖炉ペチカから下りて来ない祖父ぢぢいの話に聴き入つたものぢや。したが、遠い遠い昔の物語や、ザポロージェ人の遠征、波蘭人の話、さてはポドゥコーワだの、ポルトラ・コジューハだの、サガイダーチヌイだのの武勇談、さういつた風な昔語りよりは、どちらかと言へば、何かかう、古めかしい怪異物語の方にわたしたちはずつと牽きつけられたものぢや。さういふ妖怪変化の話を聴くと、いつもからだぢゆうがぞみぞみして、身の毛もよだつ思ひだつた。さもなければ、さうした怪談の怖さがたたつて日の暮れあひからは、眼にうつるものが皆、あやしげな化生のものの姿に見えたものぢや。どうかした拍子で夜分、うちを空けでもすることがあると、必らずそのあひだにあの世から迷つて来た亡者がわが寝床にもぐりこんでゐはせぬかと、無性に気づかはれてならなんだ。いや、まつたくの話が、自分の寝台の枕もとにおいてある長上衣スヰートカを遠くから見て、てつきり悪魔がうづくまつてゐるのぢやないかと思つたことも再々のことでな、それが嘘なら、こんな話を二度と聞かせるをりのない方がましなくらゐぢや。祖父の物語でいちばん肝腎要かんじんかなめなところは、祖父が生涯に一度も嘘をつかなかつたといふ点で、祖父が物語るかぎり、それはまさしくこの世にあつた正真正銘まことの話に違ひなかつたのぢや。