南洲手抄言志録(なんしゅうしゅしょうげんしろく)

一 勿游惰以爲寛裕。勿嚴刻以爲直諒。勿私欲以爲志願
〔譯〕游惰いうだみとめて以て寛裕かんゆうと爲すことなかれ。嚴刻げんこくを認めて以て直諒ちよくりやうと爲すこと勿れ。私欲しよくを認めて以て志願しぐわんと爲すこと勿れ。

二 毀譽得喪、眞是人生之雲霧、使人昏迷。一掃此雲霧、則天青日白。
〔譯〕毀譽きよ得喪とくさうは、しんに是れ人生の雲霧うんむ、人をして昏迷こんめいせしむ。此の雲霧を一さうせば、則ちてんあをしろし。
〔評〕徳川慶喜よしのぶ公は勤王きんわうの臣たり。幕吏ばくりの要する所となりて朝敵てうてきとなる。猶南洲勤王の臣として終りをくせざるごとし。公はつみゆるし位にじよせらる、南洲は永く反賊はんぞくの名をかうむる、悲しいかな。(原漢文、下同)

三 唐虞之治、只是情一字。極而言之、萬物一體、不於情之推
〔譯〕唐虞たうぐは只是れ情の一字なり。極めて之を言へば、萬物一體も情のすゐに外ならず。
〔評〕南洲、官軍を帥ゐて京師を發す。あり別れを惜みて伏水ふしみに至る。兵士めぐつて之をる。南洲輿中より之を招き、其背をつて曰ふ、好在たつしやなれと、金を懷中くわいちゆうより出して之に與へ、かたはら人なき若し。兵士はなはだ其の情をかくさざるに服す。幕府砲臺はうだいを神奈川にきづき、外人の來り觀るを許さず、木戸公役徒えきとに雜り、自らふごになうて之を觀る。茶店の老嫗らうをうあり、公の常人に非ざるを知り、善く之を遇す。公志を得るに及んで、厚く之に報ゆ。皆情のすゐなり。

四 凡作事、須天之心。不人之念
〔譯〕凡そ事をすには、すべからく天につかふるの心あるをえうすべし。人に示すのねんあるを要せず。

五 憤一字、是進學機關。舜何人也、予何人也、方是憤。
〔譯〕ふんの一字、是れ進學しんがく機關きくわんなり。しゆん何人なんぴとぞや、われ何人ぞや、まさに是れふん

六 著眼高、則見理不岐。
〔譯〕がんくること高ければ、則ちを見ることせず。
〔評〕三條公は西三條、東久世諸公と長門に走る、之を七きやう脱走だつさうと謂ふ。幕府之を宰府ざいふざんす。既にして七卿が勤王の士をつのり國家を亂さんと欲するを憂へ、浪華なにはいうするのあり。南洲等つとめて之を拒ぎ、事終にむ。南洲人にかたつて曰ふ、七卿中他日關白くわんぱくに任ぜらるゝ者は、必三條公ならんと、果して然りき。

七 性同而質異。質異、教之所由設也。性同、教之所由立也。
〔譯〕せいは同じうして而てしつことなる。質異るはをしへの由つてまうけらるゝ所なり。性同じきは教の由つて立つ所なり。

八 喪己斯喪人。喪人斯喪物。
〔譯〕おのれうしなへばこゝに人をうしなふ。人を喪へば斯にものを喪ふ。

九 士貴獨立自信矣。依熱附炎之念、不起。
〔譯〕獨立どくりつ自信じしんたふとぶ。ねつえんくのねん、起す可らず。
〔評〕慶應けいおう三年九月、山内容堂ようだう公は寺村左膳さぜん、後藤しやう次郎を以て使となし、書を幕府にていす。曰ふ、中古以くわん政刑せいけい武門に出づ。洋人來航するに及んで、物議ぶつぎ紛々ふん/\、東攻西げきして、内訌ないこう嘗て※(「楫のつくり+戈」、第3水準1-84-66)をさまる時なく、終に外國の輕侮けいぶまねくに至る。此れ政令せいれいに出で、天下耳目のぞくする所を異にするが故なり。今や時勢一ぺんして舊規きうき墨守ぼくしゆす可らず、宜しく政けんを王室に還し、以て萬國竝立へいりつ基礎きそを建つべし。其れ則ち當今の急務きふむにして、而て容堂の至願しぐわんなり。ばく下のけんなる、必之をさつするあらんと。他日幕府の政權をかへせる、其事實に公の呈書ていしよもとづけり。當時幕府ばくふ既におとろへたりと雖、威權ゐけん未だ地にちず。公抗論かうろんしてまず、獨立の見ありと謂ふべし。

一〇 有本然之眞己、有躯殼之假己。須自認得