日記(にっき)

一月五日

(月曜)
 山岡にかえって来る。

一月十九日

(月曜)
 久しぶりにて、金子茂、河崎なつ、石本、新妻氏等と一緒に偕楽園で食事をし、かえりに林町にゆく。

一月三十日

(金曜)
 おびただしき降雪。
 祖母上[#中條運]のメモリーとして短いものを書き始む、『新小説』に送るつもり。

一月三十一日

(土曜)
 晴、この日記を買って来てつけることにする。
 かなりとびとびにはなるがやはり書くものがないと淋しい。

二月七日

(土曜)
「祖母のために」を終る。斎藤龍太郎氏あてに送る。

二月九日

(月曜)
 母と市村座。
 この前の月、吉・菊[#中村吉右衛門、尾上菊五郎]連合のをYと二人で見たので、同じ場所のため或感情あり。彼女もさそって来たかった。
 菊五郎相変らずうまし。かえってから、母上と、菊、吉、の芸風について話がはずんだ。

二月十三日

(金曜)
 今日は自分の誕生日であった。起き、二人でロシア語を勉強してから、Y、私へのおくりものを買いにと出かけてゆく。八時頃、千疋やの大きな紙包を下げて戻った。一目見、片方のは花と判ったがもう一方の大きな四角は何だか判らず、二階であけて見たら、桜文鳥のつがいが出た。思いがけず、鳥とは思いがけず! 近所から一寸した料理をとり夕飯をおそくたべた。食後、楽しく喋り、いろいろして居るうちに、三時すぎ。眠ったのは四時頃であったろう。楽しい平和な一日であった。自分の誕生日をこの位しんから愉快に晴々と送ったことがこれ迄一度でもあっただろうか、という事を頻りに考えた。面白い。今日は西洋人のいやがる十三日 Friday だ。それでも自分にはこんなによい日。
〔欄外に〕「イスカリオテのユダ」。

二月十五日

(日曜)
 ロランジの音楽会だかティケットをきのう山岡にかえした手紙に入れてやってしまったし、Yは行かないというのでやめにし、起きるとすぐ倉知にことわらせる。『日日』の広告で原町に家があるというのを知り二人で出かける。随分歩いたが、思わしい家でなく、Y、東中野に人見氏を訪ねるという。もう一軒大塚坂下町九〇にある家を念のため見ようと出かけ案外よいので、それにきめる。引越しをして居るところで入っては見られなかったが、六・六・四・二という間どり。六と六との間が壁だというので大変によろし。湯殿をつけて四十八円位。家賃も手張らず。前に高師[#東京高等師範学校]の果樹園があり狭い通りだが郊外的だ。山岡にかえり、久しぶりで入浴、本を片よせてやすむ。
〔欄外に〕
 アンドレーエフの「イスカリオテのユダ」。訳のわるい故か、アンドレーエフの作として、あの独特の簡明さ、クリアー・カットを感じられず。ユダの性格の見かた、焦点はよいが、もう一歩どこか物足りず。ビブリカル・テーマはあのような作家にとっても困難なものと思われる。

二月十六日

(月曜)
 仕事の下ごしらえをやって居たら、Yより速達。此方に来ず野上さんにゆく、よかったら来いと。午後四時すぎ。暫く考えたがさそわれ、出かける。護国寺、道カン山下で降りてからいそいだこと! 首が先にあるき、足があとにのこる有様。愉快に十一時頃まで話しYの方にかえる。かえりに小雨が降って来た。
 野上さんでの話。武者小路のこと、鼓のこと、「ゲエテとの対話」について。現代人ということ――夏目漱石先生の息のこと。Mr. ホワイマントのこと。

二月十八日

(水曜)
 仕事の筋がきを作る。始め、どこから出てよいか一寸わからず。船の上からか、又はH町の家についてからか。

二月十九日

(木曜)
 船の上からでは冗漫になるだろう。家にかえってからの方がよろしいと思う。

二月二十日

(金曜)
 頭がはっきりせず、殆ど不安を感じて居たら、お客。安心し、さっぱりした。今井氏という人来。どういうものか、一家の主人と見えず、番頭番頭して居る。夕方から林町にゆく。スエ子又喘息で三四日床について居た由。国男も製図があるので来て居る。こんどは、ルネッサンスのシャンデリアと、記念建造物。来月十五日頃までと云って居る。H、Sとのいきさつ。益※(二の字点、1-2-22)双方から熱せられ困って居るらし。どうなることか。父上少し疲れた故か老人に見え淋しかった。1877 と年号のついて居るフランスの剣(兵士用)で作った暖炉用火カキ、その他一揃を買って来られた。父上は年号がついて居るのに興味をもたれたらしいが趣味の点から見るとよろしくなし。

二月二十一日

(土曜)
 昨夜スエ子九度八分の発熱。夜なかにちょくちょく目をさまし、水をくれと云う。私は生理的の理由で平常より睡いので苦しい思いをした。
 おそく起き、食事をして居たら俊ちゃん来。四時頃出かけ、途中で松や、瓜生、本やによりエッケルマン「ゲエテとの対話」第二巻、ベルグソン「笑の研究」を買う。重い両手一杯の荷もつ。小石川にかえるつもりであったがY体わるく、あっちへゆかれないというので、牛込にかえる。かえったら、しょぼくない風で机に向って居た。やがて元気になり、夕飯の仕度をしてくれたが、おそくまで起きて居たのでおなかを減し困った。Y、万国史、自分、「ゲエテとの対話」。