変身(へんしん)

「夕方、あの女にひまをやろう」と、ザムザ氏はいったが、妻からも娘からも返事をもらわなかった。というのは、手伝い婆さんがこの二人のやっと得たばかりの落ちつきをまたかき乱してしまったらしかった。二人は立ち上がって、窓のところへいき、抱き合って立っていた。ザムザ氏は彼の椅子に腰かけたまま二人のほうを振り返って、しばらくじっと二人を見ていた。それから叫んだ。
「さあ、こっちへこいよ。もう古いことは捨て去るのだ。そして、少しはおれのことも心配してくれよ」
 すぐ二人の女は彼のいうことを聞き、彼のところへもどって、彼を愛撫あいぶし、急いで欠勤届を書いた。
 それから三人はそろって住居を出た。もう何カ月もなかったことだ。それから電車で郊外へ出た。彼ら三人しか客が乗っていない電車には、暖かい陽がふり注いでいた。三人は座席にゆっくりともたれながら、未来の見込みをあれこれと相談し合った。そして、これから先のこともよく考えてみるとけっして悪くはないということがわかった。というのは、三人の仕事は、ほんとうはそれらについておたがいにたずね合ったことは全然なかったのだが、まったく恵まれたものであり、ことにこれからあと大いに有望なものだった。状態をさしあたりもっとも大幅に改善することは、むろん住居を変えることによってできるにちがいなかった。彼らは、グレゴールが探し出した現在の住居よりももっと狭くて家賃の安い、しかしもっといい場所にある、そしてもっと実用的な住居をもとうと思った。こんな話をしているあいだに、ザムザ夫妻はだんだんと元気になっていく娘をながめながら、頬の色もあおざめたほどのあらゆる心労にもかかわらず、彼女が最近ではめっきりと美しくふくよかな娘になっていた、ということにほとんど同時に気づいたのだった。いよいよ無口になりながら、そしてほとんど無意識のうちに視線でたがいに相手の気持をわかり合いながら、りっぱなおむこさんを彼女のために探してやることを考えていた。目的地の停留場で娘がまっさきに立ち上がって、その若々しい身体をぐっとのばしたとき、老夫妻にはそれが自分たちの新しい夢と善意とを裏書きするもののように思われた。