孔子(こうし)


 自分には孔子について書くだけの研究も素養も準備もない。その自分を無理にしいてこの書を書くに至らしめたのは小林勇君である。が、書いてしまった以上は、この書の責任は自分が負うほかはない。自分は甘んじて俎上そじょうに横たわろうと思う。
 右のような次第であるから、この書には自分の気づかぬいろいろな誤謬があるかも知れぬ。が、自分が志したのは、いまだ孔子に触れたことのない人に『論語』を熟読玩味してみようという気持ちを起こさせることであった。それが成功しなければ、『論語』をいまだ読まない人が依然としてそれを読まないというだけのことであり、幸いにして成功しても、あとには専門家の注釈や研究が数え切れないほどあるのであるから、自分の誤謬が人を誤ることもなかろうと思われる。と言って、すでに『論語』を知っている人にはこの書は全然用がないというわけでもない。そういう人にも他山の石としてはいくらか役立つであろう。
 この書において用いた『論語』は、武内義雄氏校訂訳注の岩波文庫本である。この『論語』の本文と日本訳とは専門家の間に必ずしも賛同しない人があるようであるが、しかし自分はいろいろ比較研究の上、これを最もよい『論語』のテキストだと考えたのである。引用文もすべて武内氏の日本訳によった。武内氏が加えられた注釈もそのままにしてある。なお他に、藤原正氏纂訳さんやく『孔子全集』からもいろいろ益を得た。この『全集』は藤原氏苦心の労作だけあって非常に便利にできている。いっこう素養のない自分にとにかくこれだけのものが書けたのは両氏のおかげである。
昭和十三年八月
著者
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 今度岩波書店の諒解を得て、少しく増補の上、植村道治君の手により再版をおこすことになった。増補は巻末の付録のはじめに述べたように武内博士の『論語之研究』に関するものである。
昭和二十三年三月
著者
[#改ページ]



 釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの四人をあげて世界の四聖と呼ぶことは、だいぶ前から行なわれている。たぶん明治時代の我が国の学者が言い出したことであろうと思うが、その考証はここでは必要でない。とにかくこの四聖という考えには、西洋にのみかたよらずに世界の文化を広く見渡すという態度が含まれている。インド文化を釈迦で、シナ文化を孔子で、ギリシア文化をソクラテスで、またヨーロッパを征服したユダヤ文化をイエスで代表させ、そうしてこれらに等しく高い価値を認めようというのである。ではどうしてこれらの人物が、それぞれの大きい文化潮流を代表し得るのであろうか。どの文化潮流も非常に豊富な内容を持っているのであって、一人の人物が代表し得るような単純なものではないはずである。しかも人がこれらの人物をそれぞれの文化潮流の代表者として選び、そうしてまた他の人々がそれを適切として感ずるのは、何によるのであろうか。自分はそれを、これらの人物が「人類の教師」であったという点に見いだし得ると思う。
 この答えは一見したところ矛盾に見えるかも知れない。なぜならこれらの人物はそれぞれ異なった文化潮流の代表者とせられるのであるから、それぞれその文化潮流の特異性を表現していなくてはならない、しかるにその代表者たるゆえんは人類の教師たるにあってその特異性の表現にあるとはせられないのだからである。しかしこれは決して矛盾ではない。それを矛盾と感ずるのは、いかなる特殊な文化にも彩られない普遍的な人類の教師とか、全然普遍的な意義を担わない特殊な文化とかというごとき抽象的な想定にとらわれているからである。現実の歴史においては、いずれかの文化の伝統によって厳密に限定せられているのでない人類の教師などというものは、かつて現われたこともないし、また現われることもできないであろう。また普遍的な意義を現わすがゆえにまさに文化として存立するのだということの言えないような特殊の文化などというものも、かつて形成せられたことはないし、また形成せられ得ないであろう。最も特殊的なるものが最も普遍的な意義価値を有するということは、何も芸術の作品に限ったことではない。人類の教師においてもそうである。
 我々はここに人類の教師という言葉を用いるが、それによって「人類」という一つの統一的な社会を容認しているのではない。現代のように世界交通の活発となった時代においてさえ、地上の人々がことごとく一つの統一に結びついているというごとき状態からははるかに遠い。いわんや如上じょじょうの四聖が出現した時代にあっては、彼らの眼中にある人々は地上の人々全体のうちのほんの一部分であった。孔子が教化しようとしたのは黄河下流の、日本の半分ほどの地域の人々であり、釈迦が法を説いて聞かせたのもガンジス河中流の狭い地域の人々に過ぎぬ。ソクラテスに至ってはアテナイ市民のみが相手であり、イエスの活動範囲のごときはたて四十里横二十里の小地方である。が、それにもかかわらず我々は彼らを人類の教師と呼ぶ。その場合の人類は、地上に住む人々の全体を意味するのでもなければ、また人という生物の一類をさすのでもない。さらにまた「閉じた社会」としての人倫社会に対立させられた意味での「開いた社会」をさすのでもない。それぞれの小さい人倫的組織を内容とせずには人類の生活はあり得ないのである。実際においても人類の教師の説くところは主として人倫の道や法であって、人倫社会の外なる境地の消息ではなかった。彼らが人類の教師であるのは、いついかなる社会の人々であっても彼らから教えを受けることができるからである。事実上彼らの教えた人々が狭く限局せられているにかかわらず、可能的にはあらゆる人に教え得るというところに、人類の教師としての資格が見いだされる。従ってこの場合の「人類」は事実上の何かをさすのではなくして、地方的歴史的に可能なるあらゆる人々をさすにほかならない。だから人類は事実ではなくして「理念」だと言われるのである。