えぞおばけ列伝(えぞおばけれつでん)

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 屋内に独りいると突然炉の中でポアと音を発する.するとあちらでもポア,こちらでもポアとさいげんがない.臭くてかなわない.そういう際には,こっちでも負けずにポアと放してやれば,恐れ入って退散する.あいにくと臭いのが間に合わぬときは,ポアと口真似するだけでも退散するというから,このおばけ案外に気はやさしいのかもしれぬ.名は「オッケオヤシ(1)」(屁っぴりおばけ),または「オッケルイペ(2)」(屁っこき野郎)という.


 前記の「屁っぴりおばけ」というのは樺太アイヌの日常生活や説話の中に出てくるおばけである.おばけなどというよりは,おやじと呼びたいくらい邪気のないおばけだ.このおやじの放屁の偉力を示す説話をひとつ,次に紹介しておく.

 ヤイレスポ(3)とパーリオンナイ(4)が隣りあって住んでいた.
 ある日パーリオンナイは部下を連れて舟をつくりに川上へのぼって行き,舟をつくりあげてそれに乗って下って来ると,川岸に一人の若者がいて,
「パーリオンナイさん,私を舟にのっけてつれて行ってくれないか」
と言うので,その男をのせて下って行くと,男は舟にゆられゆられ
ナンタテレケ ヨーイトサ
船首へさきへよろよろ ヨーイトサ)
ウンタテレケ ヨーイトサ
船尾ともへよろよろ ヨーイトサ)
と歌っていたが,とつぜん,
ポア
と放屁した.そのため舟は船首へさきの所まで裂けてしまった.男は舟から飛びだして逃げてしまった.パーリオンナイは部下とともに川へ落ちて流れただよい,やっとのことで家へ帰りついた.
 それから二日たち三日たって,こんどはヤイレスポが部下をつれて舟をつくりに山へ行った.そして二日がかりで舟をつくって,それに乗って川を下って来ると,川岸の砂の上に一人の男がいて,
「ヤイレスポのだんな,私を舟にのっけてつれて行ってくれませんか」
とたのんだ.ヤイレスポが,
「おや,へっぴりおやじではないか.なんだってお前,舟なんかにのりたがるのだ.だめだ,だめだ」
と言うと,それでもしつこくせがむ.うるさくなって舟にのせると,部下の者は口々に,なぜへっぴりおやじなぞ乗せるんだとヤイレスポに食ってかかった.そのうちにヤイレスポはすきを見て,
「へっぴりおやじを,みんなでぶんなぐれ」
と命令したので,若者たちが寄ってたかって棒でなぐり殺したら,一匹の黒狐(5)であった.
 それを皮剥ぎして,肉と骨はこまかく切りきざんで,草にも木にも食物として分けてやった(6).皮は内地へ交易に行ったとき,売ってさまざまの宝物に換え,へさきの舟底に積み重ね,ともの舟底に積みならべて村へ帰り,ヤイレスポはすごい長者になった.


 山野で腐れ木の根もとなどに火をいてあたりながら弁当の包みをといていると,とつぜん背後から手を出して,
「食べもの,おくれ!」
と言う.言うままに何か与えると,いくらでも手を出して,きりがない.そこでありあわせの砥石といしを真赤に焼いて,手のひらにのせてやると,
「無いなら無いと,なぜ言ってくれんのですか?」
と叫んで退散するという.砥石が無けりゃおきをのせてやってもいい.
 このおばけ,名は「イペカリオヤシ(7)」(食物ねだりするおばけ),またの名を「マワオヤシ(8)」(腹ぺこおばけ)という.これも樺太のおばけである.


 樺太に,「トイポクンオヤシ(9)」(地下のおばけ)というのがいて,名のとおり地下にひそんだまま決して姿を見せない.簡単に「トイポクンペ(10)」(地下の者)ともよぶ.林野を女が歩いていると,行く手に忽然こつぜんとして地中からキノコようのものが現われて,ホタリホタリ(11)している.その時すこしもあわてず前をまくって,
エアニ パテッ     お前さんのだけが
チイ エコロ?     立派だというの
チョーカイ カイキ   わたしのだって
ポッ チコロホ※(感嘆符二つ、1-8-75)    負けないわよ!
エオチウルスイ チキ  したいのなら
ウコオチウアン※(感嘆符二つ、1-8-75)    しましょうよ!
と言って,その所作をまねると満足して退散する.これは相手が男性のトイポクンペの場合だが,相手が女性のトイポクンペなら,カラス貝ようのものだけ地表に露わして,オヘッラヘラ(12)させているものだという.その場合は多少文句を変えて,
エアニ パテッ     おや,すばらしい
ポッ エコロ?     しろものだな
チョーカイ カイキ   だが,俺のだって
チイ チコロホ※(感嘆符二つ、1-8-75)    負けやせんぜ
エオチウルスイ チキ  やりたいなら
ウコオチウアン※(感嘆符二つ、1-8-75)    やらかそうじゃないか
と言いながら,その所作をまねると,大いに満足して退散するという.