黒檜(くろひ)

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 黒檜の沈静なる、花塵をさまりて或は識るを得べきか。
 薄明二年有半、我がこの境涯に住して、僅かにこの風懐を遣る。もとより病苦と闘つて敢て之に克たむとするにもあらず、幽暗を恃みて亦之を世に愬へむとにもあらず、ただ煙霞余情の裡、平生の和敬ひとへに我と我が好める道に終始したるのみ。
「黒檜」一巻、秘して寧ろ密かに我といつくしむべく、梓に上して些か我が真実の謬られむことをおそる。他に言ふところなし。
庚辰孟夏
白秋
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熱ばむ菊



照る月のひえさだかなるあかり戸に眼はらしつつひてゆくなり

月読つきよみは光澄みつつせりかく思ふ我や水のごとかる


かけの声けぶかき闇にたちにしがよく聴けば市の病院にして

お茶の水電車ひびくに朝早やも爽涼の空気感じゐるなり

杏雲堂側面未明まだきは暗き※(「窗/心」、第3水準1-89-54)あけてみ合ひの屋根に霜の置く見つ

あけ※(「窗/心」、第3水準1-89-54)にニコライ堂の円頂閣ドオムが見え看護婦は白し尿の瓶持てり

屋上の胸壁にして朝あがる一つの気球みつめつ我は


菊の鉢は我が家の子久吉爺の丹精になるものなり

逆光の玉の白菊仰臥あふぶしに見つつはなげけやがて見ざらむ

我が眼先まさきしろきにつつむ菊の香の硝子戸あけて乱れたるらし

視力とぼしにさやりつつ白菊のおとろふる花の弁熱ばみぬ

影にのみにほひやかなる※(「窗/心」、第3水準1-89-54)ぎはのその花むらも暮れてきたりぬ


冬曇り明大の塔にこごりゐて一つくろきは赤き旗ならむ

雲厚く冬は日ざしかとどこほる聖堂のくろき樹立うごかず


失明を予断せられ、I眼科医院を出づ

犬の冬日ふゆひ黄に照る街角のなんぞはげしく我が眼には沁む

病院街冬の薄日に行く影の盲目めしひづれらし曲りて消えぬ


昭和十一年盛夏、多磨第一回全国大会の節に拝しまつりし唐招提寺は鑑真和上の像を思ふこと切なり

目のひて幽かにしし仏像みすがたに日なか風ありてさやりつつありき

ひはててなほしやはらとます目見まみひじりなにをか宿したまひし

唐寺の日なかの照りに物思ものもはずきほひし夏は眼もみにけり


童女像しゆらひ今朝見れば手に持つ葡萄その房見えず

ほのほだち林檎一つぞ燃えにける上皿うはざら一キロ自動計量器


もろの眼を白く蔽へる兵ひとり見やる方だにおもほえなくに


ニコライ堂円頂閣ドオム青さび雲低しこの重圧は夜にか持ち越す

ニコライ堂この揺りかへり鳴る鐘の大きあり小さきあり小さきあり大きあり


暖房は後冷あとびえきびし夜にさへや眼帯白くあてて寝むとす

鳥籠に黒き蔽布おほひをかけしめては消しにけり今は寝ななむ

早春指頭吟



花かともおどろきて見しよく見ればしろき八つ手のかへしにして

我が宿よ冬日ぬくとき端居はしゐには隣もよろし松の音して

今朝見えて置く霜さへや我が眼には谷地田やちだも畦も隈くろみあり

冬、ぴしりと氷ひびく石くれはか打ちつけし沈みて止みぬ

まぶたしめしつくづくとゐる冬日中ふゆひなか畳の目など見むはすべなし

眼を病めば起居たちゐをぐらし冬合歓ふゆねむの日ざしあたれる片枝かたえのみ見ゆ

折ふしに冬木見えくる眼先まなさきもたちまち暗しむなしかりけり

こがらしの背戸に音やむ小夜ふけて温罨法の息吹いぶき眼に
(吸入器にて)


文鳥の影移りする鳥籠は日なたの軒にかけてこそ置け

蘭の香や冬は日向におも寄せてただにひとつのいのち養ふ


木俣修より贈り来る

ひやき皿の上には山鳥のまなぶたしろし閉ぢしまなぶた


高空たかぞらに富士はま白き冬いよよ我が眼力まなぢからあへなかりけり

眼を洗ふ冬光無し雑木々ざふきぎのいつひらきなむやはき若葉ぞ

眼にたのむ何ひとつなき芝庭の冬なりながら薄日照りたる

冬ひと日堪へてありしか池水のこほれるめんに風の吹き当つ


三月みつきただにましろく引くものに方丈の屏風ひだ冷えにけり

白きものまた白からじ立つひだの六曲の屏風影もこそもて

我がみ冬しろき屏風に引きかけてラヂオの線の影もてゐる

白磁はくじの八角の壺の稜線すぢ引きてほの上光うはひかるみ冬なるなり