三国志(さんごくし)

 李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)は、嘲笑って、
「君は、何しに来たか」
 と、反問した。
 皇甫※(「麗+おおざと」、第3水準1-92-85)もニヤリとして、
「どうも、将軍はすこし神懸かみがかりにかかっているようだから、将軍にいている邪神をはらい落して上げようと思って来た」と、答えた。
 彼は、弁舌家なので、滔々とうとうぜつをふるい、私闘のために人民を苦しめたり、天子を監禁したりしている彼の罪を鳴らし、今にして悔い改めなければ、ついに、天罰があたるといった。
 李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)は、いきなり剣を抜いて、彼の顔に突きつけ、
「帰れっ。――まだ口を開いていると、これを呑ませるぞ」と、どなりつけた。そして、「――さては、天子の密旨をうけて、おれに和睦をすすめに来たな。天子のご都合はよいか知らぬが、おれには都合が悪い。誰かこの諜者まわしものをくれてやるから、試し斬りに用いたい者はいないか」
 すると、騎都尉きとい楊奉ようほうが、
「それがしにお下げください。内密のお差向けとは申せ、将軍が勅使を虐殺したと聞えたら、天下の諸侯は、敵方の※(「さんずい+巳」、第3水準1-86-50)かくしへみな味方しましょう。将軍は世の同情を失います」
「勝手にしろ」
「では」と、楊奉は、皇甫※(「麗+おおざと」、第3水準1-92-85)を、外へ連れ出して放してやった。
 皇甫※(「麗+おおざと」、第3水準1-92-85)は、まったく、帝のお頼みをうけて、和睦の勧告に来たのだったが、失敗に終ったのでそこから西涼へ落ちてしまった。
 だが、途々みちみち、「大逆無道の李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)は、今に天子をも殺しかねない人非人だ。あんな天理にそむいた畜生は、必ずよい死に方はしないだろう」
 と、云いふらした。
 ひそかに、帝に近づいていた賈※(「言+栩のつくり」、第3水準1-92-6)も、暗に、世間の悪評を裏書きするようなことを、兵の間にささやいて、李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)の兵力を、内部から切りくずしていた。
「謀士賈※(「言+栩のつくり」、第3水準1-92-6)さえ、ああ云うくらいだから、見込みはない」
 脱走して、他国や郷土へ落ちてゆく兵がぼつぼつ殖えだした。
 そういう兵には、
「おまえたちの忠節は、天子もお知りになっておる。時節を待て。そのうちに、触れが廻るであろうから」と、云いふくめた。
 一隊、一隊と、目に見えて、李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)の兵は、夜の明けるたび減って行った。
 賈※(「言+栩のつくり」、第3水準1-92-6)は、ほくそ笑んだ。そしてまた、或る時、帝に近づいて献策した。
「この際、李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)の官職を大司馬だいしばにのぼせ、恩賞の沙汰をお降し下さい――目をおつぶり遊ばして」


 李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)は、煩悶はんもんしていた。夜が明けるたび営中の兵が減って行く。
「なにが原因か?」
 考えても、分からなかった。
 不機嫌なところへ、反対に、思いがけない恩賞が帝から降った。彼は有頂天になって、例のごとく巫女みこを集め、
「今日、大司馬の栄爵えいしゃくを賜わった。近いうちに、何か、吉事があると、おまえ達が預言したとおりだった。祈祷のしるしはまことにあらたかなもんだ。おまえ達にも、恩賞をわけてつかわすぞ」
 と、それぞれの巫女へ、莫大な褒美を与えて、いよいよ妖邪の祭りを奨励した。
 それにひきかえ将士には、なんの恩賞もなかった。むしろこの頃、脱走者が多いので叱られてばかりいた。
「おい楊奉」
「やあ、宋果そうかか。どこへゆく」
「なに……。ちょっと、貴公に内密で話したいと思って」
「なんだ? ここなら誰もいないが、君らしくもなく、ふさいでいるじゃないか」
「楽しまないのは、この宋果ばかりではない。おれの部下も、営内の兵は皆、あんなに元気がない。これというのも、われわれの大将が将士を愛する道を知らないからだ――悪いことはみな兵のせいにし、よいことがあれば、巫女の霊験と思っている」
「ううム。……まったく、ああいう大将の下にいたら、将士も情けないものだ。われわれは常に、十死に一生をひろい、草を喰い石に臥し修羅の中に生命をさらして働いている者だが……その働きはあの巫女にも及ばないのだから」
「楊奉。――お互いに部下をあずかる将校として部下が可哀そうじゃないか」
「でも仕方があるまい」
「それで実は、君に……」と、同僚の宋果は、一大決心を、楊奉の耳へささやいた。
 叛乱はんらんを起そうというのだ。楊奉も異存はない。天子を扶けだしてやろうとなった。
 その夜の二こうに、宋果は、中軍から火の手をあげる合図だった。――楊奉は、外部にあって、兵を伏せていた。
 ところが、時刻になっても、火の手はあがらない。物見を出してうかがわせると、事前に発覚して、宋果は、李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)に捕われて、もう首を刎ねられてしまったとある。
「しまった」と、狼狽しているところへ、李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)の討手が、楊奉の陣へ殺到して来た。すべてが喰い違って、楊奉は度を失い、四更の頃まで抗戦したが、さんざんに打負かされて、彼はついに夜明けとともに、何処いずこともなく落ちのびてしまった。
 李※(「にんべん+確のつくり」、第4水準2-1-76)の方では、凱歌をあげたが、おかしなものである。実はかえって大きな味方の一勢力を失ったのだ。――日をおうに従って、彼の兵力はいちじるしく衰弱を呈してきた。