古川ロッパ昭和日記(ふるかわロッパしょうわにっき)

世の中が中々むづかしいのは、
悧巧者が居過ぎるからなら有がたいが、
実は馬鹿が多く居過ぎるためだからやりきれない。
八月二十日ふと思ふ。
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 有楽座初日。
 明治神宮から靖国神社へ廻り、参詣する。帰宅したのが午前二時、眼がさめたのは九時半。紋附を着、屠蘇・雑煮。清も元気。それから雑司ヶ谷の墓参、祖母上のところへ年始に寄る、今年九十五歳。一時すぎに有楽座へ。一座と有楽座の合同年始式で、舞台へ集まり、宮城遙拝、君ヶ代、神酒の乾杯、万歳三唱から愛国行進曲を合唱、散会。初日三時開演である。大入満員、補助椅子も、出切ってゐる。序が終って「新婚太閤記」これは思った通り、歌の使ひ方も古いし、川口松太郎にはユーモアといふものが、まるで無い、藤吉郎が書けてゐないので、やりにくい、アチャラカでやって、漸く笑はせる。さて次は「ロッパと兵隊」こいつが案外にいゝ、やってゐても気持がいゝし、泣けて来る。菊田の才には感心する、座附としては一寸他に求められまい。京極が、三浦環嬢を連れて来り、「大放送」の五景の時出て、挨拶をした、六十歳の嬢は十何歳の声を出し、愛嬌たっぷりで、「ロッパさんを尚今後とも可愛がって下さいまし、私も何卒」なんて言ひ、大喝采。「初春大放送」は、大成功、腹話術も先づよからう。誤算は団福郎のチムパンジー、これは本物と思ふのか、シーンとしちまって、一つも手が来ない。ミス・コロ夫妻の特別出演も案外受けなかった。ハネ九時五分。帰って夜食。やれ/\つかれた。


 十時起き、屠蘇・雑煮。座へ出る。すぐ支度して、「新婚太閤記」だ、どうも気乗りせず、それにあばれ廻るので息が切れる。「ロッパと兵隊」は、近頃の傑作と定った。感激まだ新たで、涙が出る。「初春大放送」は、チムパンジーの景をカットした、これもよく受けてゐる。昼の終り四時半頃、外出する暇なし、ふた葉のそぼろ親子と汁。飯がびしょ/\でまづし。夜の部、はち切れる満員。「新婚」クサリだ。「ロッパと兵隊」よく泣かせ笑はせる、幕切れは大芝居である。「大放送」終りによく手が来る。ハネ十時五分。女房見物、一緒に帰宅。久保田万太郎の「八重一重」を、初読みする。


 雑煮を食って十一時に出かける。大入満員、プレミアム附きで二円八十銭席が四円とのこと。昼の終りは四時十分。折柄来た京極を誘ってホテ・グリへ。オニ・グラ(まづし)、フィレ・ソール・ボンファムとシャリアピン、コーヒー、ペストリ。夜も、むろん大満員。
「新婚太閤記」ってもの、全くつまらず、槍を持って戦ったりするので、くたびれる。「兵隊」はます/\強く受け出した。「大放送」も、腹話術、段々よくなる。ハネ九時四十五分。この分なら、もっと早くなる。帰宅、夜食。


 十一時に出る。昼の部大満員。大西が病気だと言って休み、矢島といふ少し馴れたのが又休み、何も分らぬ研究生ばかりなので、ドマつき通し、人使ひが荒く、僕のとこへは居つかないとは定評だが、然し、こんなことで自分をおさへたりしては芸が縮む、「奴隷を使へる男」と上森が言ったことがあるが、さうであってもいゝのだ。昼の終り、演舞場へ曽我廼家五郎氏の楽屋へ年始に行く。大いに喜んで呉れた。西銀座の三直へ寄り、天ぷらを食ふ、油がいゝのでよろし、値段もよろしく、四円九十何銭。夜の部も大満員、「新婚」が、嫌でたまらない、「兵隊」が楽しみになった。ハネて、ハイデルベルヒへ行き、ウイ。汐見洋・丸山定夫と会ひ、飲む。


 十一時に家を出る。昼の部大入満員、二円八十銭に値上げしたのでアガリは一回三千八百円程度になるさうだ、随分今月は儲かるな。昼の「兵隊」の暗転中、道具が倒れ、悦ちゃんが顔を怪我した、大したことでなく、悦ちゃん曰く、「鼻が低かったから助かった。」昼の終り、又天ぷら食ひたくなり、三直へ行く。一人、六円ばかり食った。夜も大入満員、「新婚」辛し。「兵隊」絶対なり。ハネ九時四十分頃、国際の支配人となりし岩田至弘と会見のため、神田講武所といふ土地へ行き、幇間の獅子を見て新年気分となり、ウイを大分飲みたり。


 今日もマチネー、意外にも昼の部は補助椅子が出てゐない。楽屋のカレンダーに大入・大入と続いてたが、今日の昼の所へは、曰く「小入」。「新婚」は全く憂鬱、おはやしの傍で出を待ってゝ、おはやしの音がシャクにさはる位。昼の終り、菊田・上山と那波支配人のとこへ年始に行き、又、天ぷらが食ひたくなって、名物食堂のハゲ天、しこたま食って、三人で五円足らず、此処は安い。その代り後で少々胸やけ。夜の部大満員、古賀政男氏来楽、ちもとの豪華菓子届く。「兵隊」は、男が皆泣く。渡辺・ロクロー調子やり、セリフが通らぬ。杉寛、又例の病らしく、明日より休む、大庭が代る。「大放送」腹話術、声が苦しくて困る。ハネ九時三十何分、まっすぐ帰宅。