古川ロッパ昭和日記(ふるかわロッパしょうわにっき)



 昭和十年は、浅草から丸の内へといふ、僕にとっての一大転機の年として記念すべき年であった。
 昭和七年一月宝塚中劇場のスタート以来、七年一杯をわれらがレヴィウ「悲しきジンタ」の大阪松竹座、浅草大勝館公演と、帝都座の「海のナンセンス」等、小やかなアトラクション俳優として過し、その暮に、新橋演舞場のカーニヴァル座結成、昭和八年正月の公園劇場出演、二月の大阪・京都吉本興行の寄席廻りと、名古屋松竹座出演を経て、四月浅草常盤座に「笑の王国」旗挙げ、之が意外の当りで、つひに昭和八年四月から、昭和十年六月まで、浅草の役者となり、漸く力を養ひ、昭和十年七月、東宝へ一座を統ゐて転じ、初めて名目共に古川緑波一座としての公演を開始し、横宝、有楽座、日劇、宝塚中劇場に出演し、中でも日劇の「歌ふ弥次喜多」の大当りに、漸く僕の名が丸の内を中心に、東京的になり、全国的になりつゝある、といふ現在である。
 短い間に、役者修業もし、ショウマン的苦労もした。
 すべては、これから。準備は出来た! これから出帆である。
 役者となりて五年目の春、いざ、はり切って進まんかな。
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 京宝劇場初日。
 宿で、屠蘇・雑煮。屠蘇は甘味なく、雑煮は白味噌の汁なり。夕刻、思ひついて相鴨のすきやき、青い葱と水菜がうまく、たっぷり食って、宿を出ると、つい二三丁のところ、京宝劇場、今日初日で夕五時半から一回。入りは満員。一の「学校友達」では、客が乗ってない感じで心配したが「ガラマサ」の一景で安心した、笑ひすぎる程よく笑ふので、セリフの次が出ない位だ。五景迄無事だったが、三味線ひきの爺がひどくて、肝腎の義太夫のクライマックスが、てんでいけない。代へて貰はないと芝居が出来ないと言っておく。「歌ふ弥次喜多」は、大受け、先づ安心した。徳山と岸井が、今夕四時に着いたが、二人とも風邪をひいてゐる。初日ながら十時打出しの好成績。宿へ帰り、かやく飯を食ふ。吸入かけてねる。
 京都の客は、女が多く、よく笑ふ。但し、ニュース的神経はなく、たゞ可笑しいものが可笑しいと云った型なり。宝塚はインテリ風、京都は一口に素直と云ふべきか――さて名古屋は何んなものか。


 京宝劇場二日目、今日より二回である、十二時すぎ楽屋入り。もう満員である。「ガラマサ」又三味線でくさったが、受けることは驚くべきもの。「歌ふ弥次喜多」も、ワッと笑の波のどよめき具合が日劇を思ひ出させた。一回終り、部屋でカツレツをとって食ふ。島村来り、二十二日初日の日劇アトラクションについて話す。結局僕が書くより他はない、やれ辛し。夜の部、もう満員。芝居はうまく行ってゐるのだが、暗転がマチ/\でくさらされた。要するに此の劇場は人間が不足なのである。ハネ、九時四十五分。調子よくないので、宿で吸入につとむ。


 座へ十二時半に入る。満員である、「ガラマサ」の義太夫老人スリッパはいたまんま舞台へ出たりして面喰はせるが、何うやら呑み込めて来たらしく、今日は我まん出来た。「弥次喜多」の受けるの何のって日劇の三分の一位の人数でゐながら、丁度あの位笑ふ。昼がすむと、デリケッセンからランチをとって食ひ、少し休むともうすぐ夜だ、「ガラマサ」のセリフ二三警察から、つまらんとこをカットせよと言って来たのでやりにくかった。入りは満々員。九時四十五分ハネ。やれくたびれることだ。宿へ帰り、をきなから牛肉をとって、すきやき。


 今日は実に神経を使った。昼の部の「弥次喜多」で廻り舞台のモーターがこはれて廻らなくなり、暗転がやたらにのびる。大道具が素人ばかりなのでガタンピシン大きな音をたてるし、もう一々世話がやける。漸く昼が終ると、土地の親分が来て、たってのたのみで、意味なき奴らの前で、一席喋らされ、くさってすぐ戻り、デリケッセンで食事し、楽屋へ入ると、秦豊吉から「ニチゲキノキヤクホンドウナツタ」と電報、人の気も知らないで、畜生何言ってる。今日も昼夜共満員なり。咽喉本当の調子が出て来た。


 昨夜は宿で麻雀したので四時近くねた。朝食、グジの味噌漬など。今日も昼夜売切れ。吉岡専務来京、「ターキーの南座は満員にならないさうだ、こっちはいゝね」とホク/\だ、日劇の脚本は、八日一杯位に書き上げてしまふと約束する。毎日々々頭の中をそれが往来してゐてとても辛い。「ガラマサ」で、火鉢に火箸が無くて、芝居が出来ず、小道具にカス。毎日決してエラー無しのことがない、いやんなる。楽屋中風邪ひき大流行り。一回の終りに十五銭のむしずしを食った。ハネ後、をきなで、すきやきを食ふ。徳山・岸井と、三月の芝居の話に花を咲かした。


 今朝は、風邪ッ気の気分で、咽喉はガラリといけない、先づくさる。朝食して、座へ出る。昼の「ガラマサ」の義太夫とても苦しく、いつも程ゆかず。昼の部終ると、やれ/\と一休み、デリケッセンの一品にパン。今日は白いものチラ/\するかと見ると又照って又チラ/\といふ、よっぽどの寒さ。夜の部は、丸西醤油店の買切で、ひどい客、「ガラマサ」は、てんで受け方半分、それが「弥次喜多」では大受け、此の本の大衆性に又自信つく。調子かなりひどい、養生しよう。