東奥異聞(とうおういぶん)

街頭に佇てばあまりに騒がしい。
あすの日もないように、なにをあせり
なにを騒ぐのでしょう。おいでなさい。
その騒々しさからそっとのがれて
心おきなく語ろうではありませんか。
語る人の目はほがらかです
聞く人の心はなごやかです。
胸と心はおのずからとけて
春も、夏も、秋も、冬も、
静かに流れてゆくでしょう。






 生まれながらにして、人間以外のものに、すなわち妖怪変化のものの処に縁づくべき約束のもとにあり、その娘がとしごろになると種々な形式でもってそこに嫁いでゆくというような口碑伝説がいくらもある。
 岩手県上閉伊郡釜石町、板沢某という家の娘に見目みめよきものがあった。この娘ある日クワの葉を摘むとて裏の山へいったまま、クワの木の下に草履を脱ぎ棄ておいてそのまま行くえ不明になった。家人は驚いて騒ぎ悲しんでいるとそこに一人の旅の行者が来かかりその訳を聞き、いわく、今は嘆くともせんかたないだろう。じつはこの娘は生まれながら水性の主の処へ嫁ぎゆくべき縁女と生まれ合わせていたので、いまはちょうどその時期がきて、これから北方三十里ばかり隔たった閉伊川へいがわの岸腹帯はらたいという所の淵の主のもとにいったのだ。しかし生命にはけっして別状あるわけではなし、かえっていまでは閉伊川一流の女王となっていることであろう。そしてこれからは年に一度ずつはきっと家人に会いに参るであろうとの話であった。
 この板沢家には氏神に大天馬だいてんばという祠がある。その祭りは秋九月ごろらしいが、その前夜にはかならずその娘が家に戻ってくる。玄関には盥に水を汲み入れその傍らに草履を置くとつねにその草履は濡れ水は濁りてあったということである。後世、明日は大天馬祭りだから今夜は板沢の老婆がくるというような言伝えになったのであるが近年はどうだかわからぬ。
 この腹帯の淵についての伝説はまだまだ後にもある。この淵の付近に農家が一軒ある。あるときこの家の家族同時に三人まで急病に罹った。なかなか直らない。ところがある日どこからとなく一人の老婆がきていうには、この家には病人があるが、それは二、三日前に庭前で赤い小ヘビを殺したゆえだという。家人はそれを聞いていかにも思い当たりおり返していろいろと聞くと、その小ヘビはじつはこの前の淵のぬしの使者で、この家の三番娘を嫁にほしいので遣わしたのであった。どうしても三番めの娘は水で死ぬとのことであった。その話を聞いていた娘は驚愕と恐怖のあまりに病気になった。そうして医薬禁厭の効なくとうとう死んでしまった(その娘が病気になると同時に、他の三人の病人はたちまちに直った)。そういう死にようゆえに家人は娘の死体をば夜中ひそかに淵のほとりに埋め、偽の棺をもって公の葬式はした。一日ばかりたってから淵のほとりにいってみると埋めた処にはすでに娘の屍はなかった。この話は大正五年ごろの出来事である。
 それからはその娘の死亡した日には、たとえ三粒降るまでもその家の庭前に雨が降る。またその淵に石木などを投げ入れてもかならずその家の庭に雨が降るという。この部落では娘の家への遠慮から淵で子どもらが水浴することを厳禁している。どういうことでもこの淵に障るとその家の屋根に雨が降りかかるので、これはその美しかった娘のわが屋へのなにかの心遣いであろうというのである。そしてどこのなんぴとが言い出したともなくその娘はその淵の三代めの主へお嫁にいったのだということが伝承された。二代めには上閉伊郡甲子村コガヨとかコガトとかいう家の娘が上がったといわれている。その家では隣の釜石の祭礼には玄関に盥に水を入れ草履を揃えておけば、水が濁り草履はまた濡れているともいわれ、その日にはかならず雨が降ること今日も同じであるということである。


 岩手県上閉伊郡松崎村字ノボトに茂助という家がある。昔この家の娘、秋ごろでもあったのか裏のナシの木の下にゆき、そこに草履を脱ぎ置きしままに行くえ不明になった。しかしその後、幾年かの年月をたってある大嵐の日にその娘は一人のひどく奇怪な老婆となって家人に会いにやってきた。その態姿はまったく山婆のようで、肌にはコケが生い指の爪は二、三寸に伸びておった。そうして一夜泊りでいったがそれからは毎年やってきた。そのたびごとに大風雨あり一郷ひどく難渋するので、ついには村方からの掛合いとなり、なんとかしてその老婆のこないように封ずるようにとの厳談であった。そこでしかたなく茂助の家にては巫子山伏を頼んで、同郡青笹村と自分との村境に一の石塔を建てて、ここより内にはくるなというて封じてしまった。その後はその老婆はこなくなった。その石塔も大正初年の大洪水のときに流失して、いまはないのである。
 同郡上郷村の某所に一人の容貌美しき娘があって、あるとき急病で死んだ。一郷一村その死を嘆かぬものがなかった。それから三年ほどたってあるとき同村の狩人六角牛山ろっかうしざんという深山に狩りにゆき、カウチの沢というに迷い入ると、たいへんなガロにゆき当たった。さてそれからはどこへもゆきえぬので立ち止まり行く手のほうを見るとある岩の上に一人の女が立っている。おやふしぎだ何者かと思ってよく見ると、それは先年死んだはずの村の娘である。狩人は驚いて、そこにいるのは某ではないか? というと、女もさも懐かしそうに下を見おろして、はいと答う。狩人はどうしておまえはこんな処にきておった。家ではおまえは死んだものとばかり思って嘆き悲しんでいるのにというと、じつは私は死んだように見せかけられて、こんな深山に連れてこられております。私を見たということを村に帰ってもけっしていってくれるなと女はいう。狩人はかさねてそれはどうした訳かと問うと、私は夫との間に幾人かの子どももあったが、夫はみなおれに似ぬからといってどこへか持っていってしまう。たぶん殺して食うことと思います。それがこわくつらくて幾度かこの山を逃げ出そうと思っても、もう心にそう思ってさえすぐに覚られてそれを責められる。いまはもう諦めてここで死ぬ決心をしております。夫は普通の人間とそう違いがないがただどうも疑いぶかくて困ります。そして私には普通の語で話すけれども、ときどき寄り集まってくる朋輩どもとは私にはまったくわからない言葉で話しております。さあこうしているうちにも夫が帰ってくるといけないから早く元きたほうへ帰っておゆきなさい。先刻もいったとおりけっしてこの山で私を見たということを村に帰ってから話してはなりません。もし忘れて話したらその夜のうちにもおまえさんの生命と私の生命は亡くなりましょうといった。これはその狩人が老年におよんで死ぬときに話したことであったということである。