東奥異聞(とうおういぶん)

 ここでは単に以上のような民譚も、この山島民族の伝承のうちにあるということだけを、一言説陳しておくまでである。

 付記。この伝承は前にはああいっておいたが、やはり三輪式伝説や、あるいは人間対蛇獣婚姻の関係伝説とその系統を同じうしているものであるかもしれない。しかしてこういう説話をわれわれの祖先のあるいは祖先と他民族との間に起こった奪略結婚の遺風余話の名ごりその他とみるもよろしい。けれども science といえばぜひ、むりやりにもなんとか結論をつけなければならぬという考えも、ある中毒堕套のことであろう。西洋ではどうかは知らぬが、日本での考証穿鑿の御難事は某々博士たちのお仕事におまかせしようか。そしてわれわれはいまのところ、ここしばらくの間ごくすなおに見せ、授けられたる仕事の形態とそれを信ずる民間の心とを尊重しておきましょうか。






 思想というものに、そう大差がなかろうと思うのは大間違いで、昔の人の心持を今日の常識から考えてみていかにも理解のできぬことが雑多にあります。それはどういう事がらかと言いますと、かれらはまったく思いもよらぬ配合や継ぎ合せをやっていることでありますが、しかしまた人の心の一面にはそういう突飛な思想(想像・空想)を喜ぶ傾向も十分に抱持しているのであります。いわゆる奇想天外からきたものほど、素朴なわれわれの祖先が印象をふかくし、かつ正直に請け入れ、むしろ喜び迎えたかに思われますのがふしぎはないことと思われます。いずれの時代にも平凡な常識で判断のつくものだけ神聖性が薄かったはずであります。巫女寄祈よりきの力の偉大であったことはとうてい今日のわれわれからは想像のほかであります。そういうところに根ざしかつ芽生えした口碑伝説が、あらゆる時間と錯誤と矛盾とを超越して真っ直に成長し、その枝葉を広く繁茂さしてきたことにはすこしも不自然がなかったことであります。なぜなれば民間には、多くのそれらの暗示宜語をただちに受容するによいすべての準備が十分にそなわってあったからであります。
 そのよき例は、奥羽の鉱山地方に広く流布されている黄金牛キンノベココ口碑でありまして、すなわち私はそのことをこれからぽつぽついおうと思うのであります。奥州の黄金の歴史はかなり古いものであるようでありますが、どうしてそれがいささかも似てもつかぬウシとこうやすやすとむすびついたかは真にふしぎな話であります。田舎者の学究には文献に徴すべきいっさいの縁が絶たれております。考えてもらちの明かぬことは世間の長者に問うたほうが学問のためにも礼儀であり、また事の近道でもあります。私はそういう考えからこの小さな報告書を書いてみたいと心がけておったのであります。


 黄金のウシの話は、いずれも墜坑口碑に関係まつわっております。すなわち鉱山師がウシの形態をして親金おやがねに掘り当てたが、それを坑中から外へ取り出そうとするとふいに坑が落ちて、七十五人の鉱夫かねわり、あるいは千人百人の鉱夫かねわりらが惨死したと言い、そのとき、ふしぎな理由でたった一人の人間(それは男もあり女もありますが)のみが助かったというのがこの口碑の構図であります。つぎにそれらの二、三の例を挙げつつ話を進めてゆきましょう。
 陸中国遠野郷(いまの上閉伊郡)小友おとも村に、長者がありまして、その家に一人の下男がおりました。この男はちょっと変り者で、おれは芋を掘るのだといって、年から年中寸暇さえあれば鍬を持って近所の山谷に分け入り、あっちこっちと土を掘っておりました。世間ではこの男のことを愚者だといって笑ったのです。ところがとうとうある年の大晦日の晩がたに、同村字日石ひいしという所の谷合いで黄金のに掘り当てました。黄金の一塊をおのが荒屋に持ち帰って、形ばかりの床の間に供えると、その光が破れ戸を透して戸外まで洩れ輝いたというような話も残っております。それからはこの下男が、世間から小松殿あるいは小松長者といわれるような身分となりました。
 小松殿はそれからはみずから鉱夫どもを督して、そのを掘り伝いゆき、まる三年めのやはり大晦日の日にウシの形をした親金に掘り着けました。小松殿は大喜びでただちに坑外に大酒宴を催して夜を明かし、明くれば元朝のめでたい日の朝日が登るとともに、改めて坑の入初めの式を挙げ、それから黄金のウシの額の片角に錦の手綱を結びつけて歌声もろともに引っ張らせた(1)が、その角がぽきりと折れてしまいました。こんどはその首に綱を結びつけて引っ張ると、ウシが二、三歩動いたかと思うたとき、突然坑が落ちて、鉱夫どもが七十五人惨死したというのであります。
 そのとき炊事男(あるいは時知らせの男とも言います)に、ウソトキ、あるいは、オソトキ(2)と呼ぶ男がおりましたが、親金がなかなか動きそうもないので、おまえも坑中にはいって手伝ってくれといわれて、みんなと同様に手綱に取り付いていましたが、ふいに坑口のほうで、ウソトキ、ウソトキと呼ぶ声がするので、手綱を放して駆け出して坑を出てみるとなんぴともいませぬ。これはおのが空耳かと思って再び坑中にはいっていると、また外で呼び声がする。それから三度めの呼び声があまりに火急で鋭かったのでハッと思って駆け出し、坑口から片足の踵が出るか出ぬ間の瞬間にドンと坑が落ちたのだとも言います。とにかくこうしてこのオソトキ一人のみ助かったのであります。