特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ(とくしゅぶらくのせいりつえんかくをりゃくじょしてそのかいほうにおよぶ)


 私はただ今添田地方局長から御紹介になりました喜田貞吉でございます。本日特殊部落改善救護の事に御熱心な諸君のこの御集まりの席へ出まして、所謂特殊部落の事に関し、不束ふつつかなる研究の一斑を述べさせて戴くの機会を得ましたのは、私にとってまことに光栄であり、かつまた幸福であることと存じます。
 大体私は日本の古代史を専門に研究致している者でございまして、その研究上から、日本の民族を明らかにするという必要を感じました結果、近年種々の方面から、広くこの方の材料を蒐集し、不十分ながらも潜心これが調査研究に従事致しているのであります。その調査研究の結果は、これまでかねて私どもの仲間で二十年来発行している、「歴史地理」という雑誌上に掲載しておりましたけれども、段々材料も殖えて参りまするし、一方には時勢の要求も多くなりまして、とてもその雑誌上のみでこれを発表する事が出来なくなりました。また該雑誌の性質としましても、民族に関する事ばかりを多く載せるということも、事情が許しませぬ。そこで本年から、その雑誌とは別に、特に民族方面の事を主として掲載する機関と致して、単独で「民族と歴史」という小雑誌を発行する事に致しました。あたかもその際丸山救護課長から、今回の御集まりのあることを承りまして、ただ今この席に於いて、私の民族研究の一部分たる、所謂特殊部落に関した事項を申し述ぶるの機会を得ましたのでありまして、時にとりまして特に私の愉快に感ずるところでございます。
 一と口に日本の民族と申しましても、余程漠然たるもので、詳しく申さば沿革上種々の系統、種々の階級にも分れるのでありますが、私の研究はその全体にわたったもので、特に或る一部分の研究にもっぱら没頭しているという訳ではありません。しかしここにお集まりの諸君は、その中について、特に所謂特殊部落、内務省では細民部落と云っておられますところの、或る特別なる一部族について、その改善救護に御尽力をなさいまする御方々でありますから、私も本日は、特にこの方面の事について申し述べさせて戴きたいと思うのであります。
 特殊部落の研究は、今日ことにその必要を感ぜられている事と存じます。それはわざわざ私が申し述べずとも、諸君も御同感の事と存じます。御承知の如く、欧州大戦の結果と致して、民族自決とか、人種差別撤廃とか申す事は、全世界の問題となっております。過激思想の波及ということも、世界一般を恐怖させているのであります。この際に於いて、これを内にしては昨年の米騒動という事件もありました。それ以来この特殊部落の問題は、余程一般社会の注意を引く事になっていると存じます。私はこの部落民が、果して多く米騒動に関係した事実ありや否やを詳かにしませぬ。しかし仮りに関係があったとすれば、それは幾分彼らの境遇、特に彼らの一般社会に対する反感が、これをなさしめたのでありまして、その原因を尋ねたならば、世人は彼らの暴をのみ憎むよりも、まずこれをなすに至らしめた境遇に同情せねばなりません。そして将来の警戒を考えねばなりません。そこで私は、彼らをこの境遇に陥れるに至った由来を研究して、これが根本的解決を与うるの資料を提供するを以て、我々学徒の任務であり、また今日の急務であると信ずるのであります。


 大体特殊部落という様な、他の社会から区別されたる或る部族が存在しているということは、我が帝国の現行法の上から申さば、まことに妙な現象でございます。しかしながら、多年の因襲というのは強いものでありまして、その結果として、表面には何ら区別はなくとも、内々にはなかなかこの区別が除かれないのであります。特に関西地方に於いて、この傾向が甚だ多く認められるのでございます。これには種々の沿革がありまして、結局彼らは普通一般の人民から除外されるということになっているのでございます。そこで私は、何よりもまずその除外せられるに至った原因を明らかにし、区別のなくなった前例を調査することが、この区別を撤去し、彼らを事実上の自由民たらしむる上に、最も必要なことだと考えております。彼らを改善救済するという事については、官庁に於いてもこれを以て一の事業と致し、或いは社会改良の上に御熱心なお方々、特に彼らの境遇に同情を寄せらるる御熱心な方々の、これに関する御尽力はこれまでも始終あることでありまして、その結果として彼らは、過去に於いて既に余程改善せられたのでありましょうし、将来に於いてますます改善せらるべきものであることは、断じて疑わぬのでありますが、果してそれが改善されたとしても、やはり「改善されたる特殊部落」として、相変らず区別せられている様ではよろしくない。実を言わば一般世間にも彼らに劣らない、或いは時として彼ら以上の低級な境遇にいる者は少くない。また彼らの中にも、立派な生活をなし、立派な人格を備えたものは少からんのであります。しかるに一般世間のその低級者は、その割合に世人から嫌われずして、彼らの中の立派なものまでが、依然として区別されているというのは、一体どうした事でありましょうか。まずこの理由を明らかにしなければ、ただ御規則の上では同一の平民である、一般人民と何ら区別のない帝国臣民であるということをのみ申しましても、実際心の底から打解けて、一般世人が彼らを自分らと同じ仲間に入れるということは、なかなかむつかしいのであります。また彼ら自身に於きましても、自分らが何が故に世人から区別さるるかということが分らずして、世間の圧迫に対していたずらに反感を起し、自暴自棄するということでありましては、到底世間と融和して行くことがむつかしかろうと存じます。もし私に忌憚なく言わせまするならば、特殊部落改善とか、或いは細民部落救護とかいう事業の必要は、もとよりのことではありますが、これにも増して、特殊部落もしくは細民部落の事実上の解放ということが、最も必要なのではなかろうかと思うのであります。明治四年に彼らは制度の上からは解放されました。しかし事実の上ではまだ解放されていないのが多いのであります。この部落に何らかの名称を付けて、これを区別するの必要があるということは、まだ事実上解放されておらぬ証拠であります。しかしてこの区別を立てるということは、彼らが非常に苦痛とするところであります。或いは特殊部落とか、或いは細民部落とか、或いは後進部落・密集部落とか、種々の名前を御考案になる方もありますけれども、到底彼らの満足する名は得られませぬ。本来区別そのものが、まことによろしくないのであります。もとより彼らに何らかの区別を致す必要がある間は、必ず何とか名がなければならぬのでありますが、理想としてはこの区別を撤廃し、実際細民を救済する必要があれば、一般世間の細民と共にこれを救済し、実際不良な点を改善する必要があれば、一般世間の不良分子と共にこれを改善するという風になりたいのであります。そして彼らの仲間であっても、改善救済の必要なきものは、これを除外しているということを、明らかに示したいのであります。彼らが区別さるるが為に被る不利益不愉快は実に甚だしいもので、その実際を知ったものは、何人なんぴとも同情せずにはおられません。私はこれまでも十数年来特殊民の研究に興味を感じまして、しばしば部落内に出入しておりますが、この際彼らが訴えるところの第一は、願わくば部落民として区別することを止めてもらいたいというのであります。彼らは世間から区別さるるが故に、自ら改善しようとしても、到底改善することが出来ないと訴えております。私の懇意にしている郷里の一部落民は、果物などの行商をしておりますが、彼は私にこう訴えました。自分らは常に農家で品物を仕入れて、それを市街地で売っているのであるが、その品物が潤沢でありさえすれば、一般世間の人々と同様に売ってもくれるけれども、品が少い時には自然に後廻しにされる。そこで勢い競争しても高く買わねば商品が手に入らぬ。しかるにそれを売る場合になると、他に競争者のある時には、いつも後廻しにされる。そこで勢い安く売って得意をつながなければならぬ。高く買って安く売る。これでどうして生活や品性の改善が出来よう。貧乏暮らしもやむをえねば、たまには欺せる場合にお客を欺すという様な不心得者の出るのも、実際やむをえぬ事であると、こう云っております。また或る者はこう訴えます。自分らは営業上他の便利の地に住もうと思っても、土地家屋が容易に手に入らぬ。やっと手に入れたものがあっても近所のものが交際してくれぬから、遂にはもとの古巣に戻って来る。かくて限りある土地に限りなく増殖する人口を容れるのであるから、勢い所謂密集部落ともなるのである。不潔だ不衛生だなどと、贅沢な余裕がどこにあろうと、こう云っております。つまりは区別されるということがひどく邪魔になって、彼らが自ら改善しようとしても、到底改善する事が出来ない、自然と一般社会に対して、その進歩に後れ、反感を有する事ともなるのだと言うのであります。まことにもっともな事で、理論としては全然彼らを解放し、もはや区別の必要のない様にする事には、何人も異議がないでありましょう。