銭形平次捕物控(ぜにがたへいじとりものひかえ)


「親分、あつしは百まで生きるときめましたよ」
 八五郎はまた、途方もない話を持ち込んで來るのです。江戸はもう眞夏、祭太鼓の遠音が聞えて、心太ところてんにも浴衣にも馴染んだ、六月の初めのある朝のことでした。
「きめなくつたつて、お前の人相なら、百二三十迄は生きるよ、――何んだつてまた、そんな慾張つたことを考へたんだ」
 平次は讀みさしの物の本を、疊の上に屋形に置いて、さてと、煙草盆を引寄せました。からかひ乍らも、相手が欲しくて仕樣がない樣子です。
「この世の中には、良い女が多過ぎますよ、百まで生きてゐたつて、こいつは見厭みあきはしないだらうと思ひますがね」
「妙なことを感じちやつたんだね、何處の國にまた、お前が死ぬのが嫌になるやうな女が居るんだ」
「兩國の美人不二屋ですよ、親分も人の話で聽いたことがあるでせう」
「あ、知つてるよ、綺麗なのが多勢居るんだつてね、兩國の水茶屋が、まるで吉原の張見世はりみせのやうだといふ話ぢやないか」
「噂に聽いただけで、親分はまだ見たことは無いでせう、十手冥利みやうりに、たまにはおまゐりして置くものですよ」
「あれ、おれに意見をする氣かえ」
「意見もし度くなりますよ、あの店へ入ると、八方から美人りがして、およそ男の子なら皆カーツとなりますぜ」
「凡そと來たね、お前の學は、益々磨きがかゝるやうだ、第一美人照りなんて文句は、俺はまだ聽いたことも無い」
だまされたと思つて、不二屋の暖簾のれんをくゞつて御覽なさいよ、茶汲み女はお北にお瀧にお皆にお浪、揃ひも揃つて、後光が射すほどの綺麗首だ、その上お内儀のお留が大年増のくせに、斯う面長でツンとしてやけに綺麗だ」
 八五郎は仕方話になるのです。
「その中のおしよくは誰だえ」
「お職も番新ばんしんもありやしません。年上はお北の二十一、年下はお浪の十六で、お瀧の二十歳はたちとお皆の十九が中軸、皆んなピカ/\して居ますよ、丸ぽちや瓜實顏、色の白いの、愛嬌のあるの、それから」
「眼の三つあるの、耳まで口の割けたの――は無いのか」
ぜつ返しちやいけません、――一度覗いて見ませうよ、姐さんには内證ないしよで」
「止さうよ、そんなピカ/\するのばかり見ちや虫の毒だ」
「實は、是非錢形の親分をつれて來るやうに――と、お内儀さんに拜まれたんですよ」
「なんだ、そんな事か、何時からお前は水茶屋の客引になつたんだ」
「客引ぢやありません。あんまり綺麗なのを揃へたせゐでせう、魔が差したんですね」
「魔が?」
「仲間のねたみか、振られ男の惡戯か知りませんが、一番年上――と言うても二十一といふ女盛りで、脂の乘り切つたお北が、昨夜、湯の歸り、柳原土手で髮を切られたとしたらどうです?」
「どうするものか、茶汲み女の色出入は、こちとらの知つたことぢやあるめえ」
「でも可哀想ぢやありませんか、二十一の女盛り、滅法綺麗なのを柳原土手の闇の中に押へ、濡れ手拭を口に押し込んで、女の命の髮の毛を、チヨキン/\とやらかすのはヒド過ぎやしませんか」
はさみでやつたのか」
「多い毛ですから、一といきには切れませんよ、話の樣子では、お北は暫らく眼を廻して居たやうで、女入道にされたも知らずに、さぞイビキでもかいて居たことでせう」
「馬鹿だなア、醉拂ひぢやあるめえし、目を廻してイビキをかく奴があるものか、――で、曲者の見當でもついたのか」
「荒つぽい癖に、妙に柔かい手ざはりだつたと言ひますよ、いづれ惚れた奴かなんかの、涙乍らの仕業でせうよ、色出入となるとおかど多いことだから、當のお北にも見當は付きやしません」
「面白さうだな」
「當人に取つちや、少しも面白かありませんよ、頭に手拭を卷いて、布團を被つて、氣が遠くなるほど泣いて居ますよ、――それよりも腹を立てたのはお内儀のお留で、大金で抱へた娘を、一と思ひに坊主にされちや、當分は店へも出せない、生揃はえそろふまで飼つて置くと、大變な入費で、といやもう、當り散らしてばかり居るさうで」
「ところで、お前は誰に頼まれて、此處へやつて來たんだ」
「お内儀が口惜しがつて、あつしの胸倉を掴むし、お北は泣いて拜むぢやありませんか、勝氣のお内儀は――女の命と言はれる髮なんかチヨン切る野郎は、磔刑柱はりつけばしらを背負はせるか、火あぶりにでもしてやらなきや、虫が癒えねえといふ言ひ草だ」
「お前はそれを手輕に請け合つたのか」
「ドンと胸を叩きましたよ、綺麗なのに、泣かれたり口説かれたりした日にや、引込むわけに行きません」
 江戸一番のフエミニストは、助六見たいな氣になつて居るのです。
「呆れた野郎だ、お北の親類筋を一つ/\洗つて見る氣か」
「飛んでもない、あつしは先づ江戸中の鬘屋かもじやを當つて見ますよ、ふくらはぎまで屆くと言はれたお北自慢の生き毛を、唯捨てちや勿體ないから、いづれ金にしたことだらうと思ひますが」