銭形平次捕物控(ぜにがたへいじとりものひかえ)


「人の心といふものは恐ろしいものですね、親分」
 八五郎が顎を撫で乍ら、いきなりそんな事を言ふのです。
「あれ、大層物を考へるんだね。菓子屋の前を通ると、店先の大福餅をつかみ喰ひしたくなつたり、酒屋の前を通る度に、鼻をヒク/\させるのも、人間の心の恐ろしさだといふわけだらう」
「止して下さいよ、親分、あつしのことぢやありませんよ」
 平次の鼻の先で、八五郎は無性むしやうでつかい手を振りました。
「さうだらうとも、お前の心なんてものは、ビードロ細工で見透しだよ、腹が減るとお勝手ばかり覗くし、お小遣が無くなると、俺の懷を氣にするし」
「もう澤山、――あつしの言ふのは、淺草阿倍川町の佛米屋ほとけこめやと言はれた俵屋孫右衞門が、昨夜隱居所で殺されてゐたと聽いたら、親分だつて變な心持になるだらうといふことですよ」
 八五郎は漸く本筋に入りました。
「へエ、あの評判の良い人がねえ、俺は逢つたことも無いが、昔は淺草で鳴らした人だといふぢやないか」
「少し一てつ者ではあつたが、義理堅くて深切で、評判の良い人でしたよ。それを虫のやうに殺すなんか、ひどいぢやありませんか、八方から人氣のあつた孫右衞門を、殺すほどうらんでゐた者があると思ふと、あつしは世の中がいやになりましたよ」
「八五郎に出家遁世とんせいされると、俺も困るし、差當りあのが泣くだらう。人助けのため阿倍川町へ出かけて見るとしようか」
「さうして下さいよ、親分が乘出して、下手人を縛つて下さると、あの娘が喜びますよ」
「誰だえ、お前の言ふあの娘は?」
「俵屋孫右衞門の娘、お柳と言つて十六、花のつぼみのやうな可愛らしい娘ですよ」
「俺の言ふあの娘は、煮賣屋のお勘子かんこさ」
「冗談いつちやいけません」
「お前には少しお職過ぎるかな」
 無駄を言ひ乍ら、手早く仕度をして、二人は五月の陽の照りつける街へ出ました。
 道々八五郎は、俵屋のことを、いろ/\説明してくれます。先代の主人孫右衞門は、佛米屋と言はれた、評判の良い人でしたが、十年前に配偶つれあひに先立たれ、四、五年前から中風で足腰の自由を失ひ、二年前からは寢たつきりで、家督かとくは養子の矢之助に讓り、何不自由なく養生して居るといふことです。
 當主の矢之助は、孫右衞門に子が無かつた爲の夫婦養子で、嫁のお舟は遠縁の者、矢之助は四十二の厄、内儀のお舟は三十八の働き盛り、多數の雇人を、顎の先で使ひこなすと言つた、口八丁の才女です。
 孫右衞門の本當の娘のお柳は、矢之助お舟の夫婦養子が入つてから出來た子で、今更どうにもならない存在でした。それ丈けに孫右衞門の寵愛が深く、わけても母親の死んだ後は、簪の花のやうに大事に育てました。
 家族はその四人だけ、あとは、番頭の與七が四十八の白鼠、手代の幾松は十九の子飼ひ、親は有名な幇間たいこの幸三郎ですが、伜まで道樂商賣は見習はせ度くないといふので、曾ての旦那筋、先代孫右衞門に頼んで堅氣の商人に仕立てる積りの年季奉公です。
 あとは下男の太吉と、下女のお梅だけ。米搗の男達は、大概冬場だけ國許から稼ぎに出て來る越後者が多く、御厩おうまや河岸の仕事場に寢起して、夏場は留守番二人だけになつてしまひます。
 八五郎の説明が終る頃、二人は漸く阿倍川町に着きました。


 二人を迎へてくれたのは、内儀のお舟でした。三十八といふ大年増ですが、眉の跡の青々とした、眼の大きい、かなりのきりやうで、口の大きいのが氣になりますが、その代り辯舌爽やかで、男まさりやり手らしく見えます。
「ま、八五郎親分、御苦勞さまで、――錢形の親分さんも御一緒ですか、それはまア、飛んだお世話樣で」
 なか/\人をそらしません。
「おや、錢形の親分さん、御手數をかけます」
 後ろから顏を出したのは、番頭の與七でした。四十七八の世馴れた男で、自分の都合さへよければ、どつちへでも附いて行きさうな人間です。
 奧へ通ると、さすがに大家で、親類縁者や、近所の衆が立て混んでゐることゝ思ふと大違ひで、當代になつて人附き合ひが惡く、遠い親類や町内の人達も、あまり寄りつかなくなつたと、後で人の噂に聽きました。
 隱居の孫右衞門の病間といふのは、北側の渡り廊下を距てた離屋で、六疊と四疊半の二た間、その奧の六疊に、昨夜の血を清めたまゝの死骸を、新しい布團の上に横たへてあります。疊建具から調度は、思ひの外に簡素なもので、部屋の中がムツと汗臭いのも、俵屋の大身上の隱居部屋に似合はぬことです。
 死骸の世話をして居たらしい、養子の當主矢之助は、平次と八五郎の顏を見ると、少し遠退いて挨拶しました。四十二といふにしては、子供つぽいところのある丸顏で、一應愛嬌者に見えますが、こんなのは案外したゝかな魂の所有者であることは、いろ/\の場合に平次は經驗して居ります。