ベートーヴェンの生涯(ベートーヴェンのしょうがい)


  一八〇一年六月一日、ヴィーン

 親しい善きアメンダ、心からなる友よ。深い感動をもって、悲しみと悦びとの入り交じった気持をもって君の最近の手紙を受け取り、そして読んだ。――君のかわらぬ真情と僕への好意とを何にたとえたらいいだろう。おお、君が僕に対していつでもこんなに親切だということはまったくすばらしい。そうだ、僕には君の友情の確かさがわかる。他のすべての人々と君との相違が僕にははっきり判っている。君はヴィーンの友人とは違う。君は、僕の故郷の土地が生み出すことのある種類の人間たちの一人だ。どんなにたびたび、君が僕の側にいてくれたらと願うことだろう。なぜなら君のベートーヴェンは、自然と創造主とを対手に格闘しながら、非常に不幸に暮らしているのだからね。〔すでにたびたび僕は創造主をのろった。――創造主が自分の被造物を実にやくざな偶然の犠牲にして顧みず、そのため最も美しい花も滅びることがあるのをのろった。〕思ってもみてくれ、僕の一番大切な部分、僕の聴覚がひどく衰えたのだ。君がまだ僕といっしょにいたあの頃、すでにその兆候を感じていたが僕はそれを隠していた。ところで病状はだんだん悪化するばかりだ。再び快方に向くかどうかがはっきり判るのも今後のことだ。これは僕の腹部の病気いかんによることに相違ない。腹の方はほとんど良くなっている。耳の病気も次第に治ってくれることと僕は望みをかけているのだが、しかしよほどむずかしい。こんな病気はいちばん治りにくいのだ。自分にとって親愛なすべてのものを避けながら、しかも利己的な、つまらない人々の中で生きなければならないことはつらい! リヒノフスキーが僕のためにはここでの最も確かな友だといえる。去年以来彼は僕のために六百フローリン投げ出してくれた。僕の作曲がかなり良く売れるので生計の心配から免れている。この頃書く作曲はどれも一曲をすぐに五回売ることができ、報酬もいい。――最近僕はかなりたくさん作曲した。君は×××へ幾つかピアノを注文したそうだが、僕はその荷の一つへ、僕のいろいろな楽譜を入れて送ろう。そうすれば君の費用が幾らかでも省けるわけだ。
 僕が悦んで話ができ、利害を超えた友情をたのしむことのできる一人がここへ来てくれたので僕は大いに慰められている。彼は僕の幼な友だちの一人だ〔(原注――シュテファン・フォン・ブロイニングのこと)〕。すでにたびたび君のことを彼に話して僕はいった、僕が故郷を出て以来、君アメンダこそ、僕の心情が選び採った親友の一人だと。――×××は彼にも気に入らない。真の友情にとっては依然として薄弱すぎる人物だから〔(原注――ツメスカルのことか? 彼はヴィーンの宮廷秘書官であった。そしてベートーヴェンに傾倒していた)〕。僕はその人物および×××を楽器のように感じている――弾きたいときに弾く楽器のように。しかしその人々は僕の内的、外的な仕事の全的な証人ではありえないし、また僕のまことの関与者ではありえない。僕は彼らが僕に示してくれる尽力に応じてのみ彼らの価値を評価する。ああ、今僕の聴力が少しもそこなわれていないとしたら、僕はどんなにか幸福だろうに! そうしたら僕は君のところへすぐにも飛んで行くだろうに! しかし僕はすべてから隠れて生きることを余儀なくさせられている。僕の最も美しい歳月がむなしく流れ去る。天分と力とが命ずるだけの仕事を僕が果たしもしないうちに!――悲しいあきらめ、それを僕は隠れ家としなければならないのだ! もちろんこれら一切を超えたところへ自分を高めようと僕は努めて来たが、しかしそれはできることなのだろうか? そうだ、アメンダよ、今から半年のちに僕の病が治りそうになかったら、僕は君にお願いする、どうか万事を差しおいて僕のところへ来てくれたまえ。それから僕は旅に出よう。(僕の病気は演奏や作曲のときにはまださわりが最も少ない。人との交際のときが一番いけないのだ。)そうしたら君に必ず同行してもらいたいのだ。自分の幸運がすっかりだめにはなるまいと僕は確信している。今僕は何者とでも力競べをやれないことはないのだ。君が去ってから以後、僕はあらゆる種類の音楽を書いた、歌劇や宗教楽までも。君は僕の頼みを拒みはすまい。君の友がその憂いと病とを荷うことに君は力を藉してくれるだろう。僕はその後ピアノの弾き方をもずっと完全にものにした。この旅が君にも悦びになりうるだろうと僕は思う。旅のあとで君はずっと僕といっしょにいてくれるだろうね。――君の手紙は皆たしかに受け取った。返事が十分書けなかったにしても、僕の心は君に対していつもかわらぬ愛情のため鼓動している。――僕が自分の耳の病気について君にうちあけたことは、どうか絶対に秘密にしておいてくれたまえ。誰にもいわないでくれたまえ。――たびたび消息をくれたまえ。たとえ短いたよりでも君の手紙は僕を慰めてくれて、僕のために善い力になってくれるのだ。――君に捧げたあの弦四重奏曲クワルテット(原注――作品第十八の一)〕を君に送らなかった理由は、弦四重奏曲を相当によく書くことが判り始めて以来すっかりあれを書き直しているためだ。今度、弦四重奏曲の幾つかを君が僕から受け取ったら、僕がこの方面で進歩したことが君に判ってもらえるつもりだ。――今日はこれでさようなら、親しい友よ! 君にとって愉快なことで何か君のために僕にもできるようなことがあったら、君はもちろんそれを君の忠実な、君を心から愛している