断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)

荷風年四十三

正月元日。

くもりて寒し。雪猶降り足らぬ空模様なり。腹具合よろしからず。炉辺に机を移して旧年の稿をつぐ。深更に至り雨降る。

正月二日。

雨歇まず門前年賀の客なく静間喜ふべし。夜風あり。

正月三日。

朝の中薄く晴れしが午後また雨となる。炉辺執筆前日の如し。浴後独酌。早く寝に就く。

正月四日。

晴れて暖なり。銀座を歩む。

正月五日。

去年十月中起稾せし雨瀟瀟、始めて脱稿。直に浄写す。

正月六日。

九穂子と風月堂に飲む。此日寒の入りなれど暖なり。

正月七日。

几上の水仙花開き尽しぬ。過日松莚子より依頼の脚本筆取るべきやいかゞせむと思ひわづらふ。

正月八日。

二階押入の壁を張る。

正月九日。

日曜日。机に凭ること前日の如し。冬の日少しく長くなりぬ。

正月十日。

晴。

正月十一日。

微雨。晩に晴る。

正月十二日。

春陽堂の人来り全集第二巻五版の検印を求む。

正月十三日。

木曜会運座。曇りて寒し。

正月十四日。

雨。

正月十五日。

仏蘭西新画家制品展覧会、三越楼上に開かる。銅板山水一葉。パステル裸体図一葉を購ふ。

正月十六日。

脚本執筆。

正月十七日。

植木阪より狸穴に出で赤羽根橋を渡る。麻布阪道の散歩甚興あり。三田通にて花を購ひ帰る。

正月十八日。

不願醒客来訪。

正月十九日。

夜雨ふる。脚本の稿を脱す。題して夜網誰白魚といふ。

正月二十日。

木曜会に徃く。来会者少し。

正月廿一日。

晴れてあたゝかなり。夜風吹出でしが月光満楼。燈火なきも枕上猶書をよみ得べし。

正月廿二日。


正月廿三日。

毎夜寒月昼の如し。

正月廿四日。

九穂子と牛門に飲む。

正月廿五日。

正午松莚子に招かれて日本橋末広に飲む。

正月廿六日。

諸方より依頼の短冊に揮毫し纔に責を果す。

正月廿七日。

木曜会なり。

正月卅一日。

拙作脚本の事につき松莚子岡氏等と竈河岸の八新に会す。小山内君亦来る。

二月朔。

今年は大寒に入りてより益暖なり。鄰家の冬至梅既に満開なり。

二月二日。

温暖頭痛を覚るばかりなり。全集第五巻校正甚多忙。夜に至りて俄に寒し。

二月三日。

雪ふる。

二月四日。

立春。

二月五日。

雪後天気あたゝかなり。

二月六日。

フランスの小説イストワル・コミツクを読む。

二月七日。

偏奇館漫録を春陽堂に郵送す。

二月八日。

春寒甚し。

二月九日。

微恙あり。

二月十日。

風邪。門を掩て出でず。

二月十一日。

風邪痊えず。細雨残雪に滴る。庭上の光景甚荒涼。

二月十二日。

雨歇まず。

二月十三日。

晴。

二月十四日。

松竹社七草会例会。正午地震。

二月十五日。

風労猶痊えず。

二月十六日。

雪まじりの雨なり。

二月十七日。

木曜会。

二月十八日。

午後三才社に徃かむとせしが風塵甚しければ虎の門より帰る。

二月十九日。

晴れて暖なり。我善坊谷上、宮内省御用邸裏の石垣、東向きにて日あたり好く石垣の間より菫蒲英公[#「蒲英公」はママ]の花さき出でたり。仙石山を過ぎ電車に乗りて神田小川町仏蘭西書院に赴く。

二月二十日。

晴天。去年栽えたる球根悉く芽を発す。

二月廿一日。

※(二の字点、1-2-22)子と銀座清新軒に飲む。春寒料峭。

二月廿二日。

早朝雪降りしが須臾にして歇む。日永くなりて薄暮の庭に雀多く来る。

二月廿三日。

晴天。午後中洲病院に赴き、健康診断を乞ふ。白木屋にて毛布二枚を購ふ。夜具追々破れ来りしかど、此頃の女中には針持ち得ぬもの多くなりたれば、寝具も追※(二の字点、1-2-22)西洋風にかへるつもりなり。

二月二十四日。

木曜日。夕刻より雨雪となる。

二月二十五日。

松莚子に招がれて八新に飲む。

二月二十六日。

明治座稽古。夜杵屋勝四郎来る。拙作夜網誰白魚上場につき、之に使ふべき独吟鳴物の相談に来りしなり。春風日に従つてあたゝかなり。

二月二十七日。

早朝より門前に児童の打騒く声きこゆ。即日曜日なるを知る。

二月二十八日。

風暖なり。銀座に徃き鳩居堂にて細筆五十本ほど購ふ。堀口大学レニヱーの著ヱスキツス[#「ヱスキツス」はママ]・ヱニシヱンを郵送し来る。開封して直に読む。

三月朔。

細雨糸の如し。風暖にして花壇の土は軟に潤ひ、草の芽青きこと染めたる如し。

三月二日。

明治座稽古。

三月三日。

午後より明治座惣ざらひなり。余寒の時節芝居小屋に出入するは余の恐るゝ所なり。されど幸にしてまだ風邪ひかず。

三月四日。

明治座舞台稽古なり。帰途風月堂にて晩餐をなし家に帰る。疲労甚し。炉辺更に葡萄酒を傾けて寝に就く。

三月五日。

曇天。明治座初日。

三月六日。

晴天。昨夜明治座初日、二番目出揃ひに至らざりし故今日重ねて見に行きぬ。

三月七日。

毎朝鶯語窗外に滑なり。

三月八日。

木村錦花明治座脚本礼金参百円持参す。夜有楽座に徃く。図らず大石冬牆君に逢ふ。

三月九日。

蜀山人随筆を閲読す。松莚子依頼の脚本資料を得むがためなり。夜九穂子と三十間堀に一酌す。春宵漸く暖なり。

三月十日。

窗外鶯頻に囀る。夜若松屋にて玄文社合評会。

三月十一日。

曇りて風静なり。