歌う白骨(うたうはっこつ)

 警備員は望遠鏡で岸ちかく通りすぎる荷船を見ていたが、
「そんならいいだろう。燈台にボートぐらい用意してあるといいんだが。じゃ、ウィレットの船に乗っていって、すぐこちらへ返してくれたまえ。君もぐずぐずしてはいられないだろう。」
 いいすてて、建物の裏にまわった彼は、まもなく二人の警備員をつれてかえった。四人で海岸へでてみると、ウィレットの船は、満潮線のちょっと上のところにひきあげてあった。
 船の名は「エミリー」。一枚帆のマストを二本立てられるようになった、ニスを塗ったオーク材の美しい小船で、四人で押しだすには手頃の大きさだった。ごろごろ音をたてて、船は白堊の岩のうえを滑った。誰かが船底の砂嚢はとったほうがよかろうといったが、結局とらないまま水際に押していった。
 警備員の上役は、船にマストをたてているブラウンに注意した――
「満潮を利用しないとだめだよ。西北が吹いているから、船首を東北にむけて一息に突ききるんだ。でも燈台の東へでたら、引き潮になるとひどい目にあうよ。」
 にやにや笑って聞き流しながら、ブラウンは帆をはってうちよせる波をみた。船がゆるやかな波にのった時、彼が櫂で岸を突くと、船底のきしる音がして、船は岸をはなれて海にうかんだ。彼は舵をさしこみ、船尾に坐って帆綱をむすびつけた。
「あら! 帆綱をむすびつけたぞ! あんなことをしたら危ないんじゃないかな。無事にウィレットに船を返してやらんと、もうしわけがないのだが。」
 警備員の上役は、そんなことをいいながら、静かな海にしだいに遠ざかり行く船を見送った。それから他の者のあとをおって、建物のほうへ足をむけた。
 燈台は、ガードラー砂州の西南のはしに、細長い紡錘のような形をして、鉄筋の脚で立っていたが、満潮にちかいので、砂州のいちばん高いところも水につかっていた。足の長い、赤いぶかっこうな鳥が立っているようにもみえれば、どれい船が航海の途中でえんこしているようにもみえた。
 その燈台の手摺に、二人の男がよりかかっていた。いま燈台にいるのは、この二人だけなのである。一人は椅子にもたれて、右足の上に枕をおき、その上に左足をのっけていた。一人は手摺に望遠鏡をのぞけて、灰色の線をひいたような陸地や、二つの塔のたつ沿岸警備員の出張所をみていた。
「船はこないよ、ハリー、」と彼はいった。
 椅子にもたれた男は唸るような声で、
「潮がひくかもしれん。また一日待ちぼうけだ。」
「バーチントンまでつれて行ってもらって、あすこから汽車にのったらどうだ?」
「汽車はごめんだ。船だって嫌なぐらいなんだもの。ほんとに船はこないの、ゼフリズ?」
 ゼフリズは手で日光をよけて東を見ていたが、
「北からブリグ型の帆船がくるぜ。石炭船かしら。」望遠鏡をのぞいて、「前檣の上段トプスルの両がわに新しいカンヴァスを使っている。」
「トライスルには、どんなのをつけている、ゼフリズ?」熱心にきいた。
「よく見えん。」ゼフリズはこたえた。「分った分った。茶色だ。なんだ! あの船は『ユートーピア』だよ、ハリー。トライスルが茶色だったら、『ユートーピア』にきまってらあ。」
「ねえ、『ユートーピア』ならおれの町へ行くのだから、乗せてもらうよ。船長のモケットにたのめば乗せてくれると思うんだ。」
「そんなことをいったって、交代がこなくちゃだめだよ。交代がこないのに職場をはなれたら規則違反だ。」
「規則がなんだい! 規則よりおれの足のほうが大事だ。片輪にゃなりたくない。おれがここにいたってなんの役にもたたんのだし、交代のブラウンという男はどうせすぐくるにきまっている。ゼフリズ、たのむから旗をだしてあの船を呼びとめてくれ。」
「よし、君がそういうならしかたがない。だが、いっとくが、家に帰ることよりも、早く医者にみてもらうことだよ。」
 旗のはいっている戸棚をあけて二つの旗をだし、それを紐にむすびつけた。船がまぢかになると、紐をひっぱって旗竿の先にそれをひるがえした。「援助をもとむ、」という信号だった。
 まもなく、船のマストに石炭でよごれた信号旗がのぼり、それから船は速度をおとし、船首は潮の流れるほうへむけたまま、燈台のほうへあとがえりしだした。そして適当な距離に接近すると、二人の男がボートにのってきだした。
「おおい! どうしたの?」
 声が聞えるようになると、ボートの一人が叫んだ。
「ハリーが足を折ったんだ。」燈台守が答えた。「モケット船長にたのんで、フィッタブルまで乗せてかえってくれ。」
 ボートはまた船まで漕いでかえった。そして大声で相談していたがまた燈台のほうへ漕いできだした。
「船長が承知した。潮がひくと困るから急いでくれ。」ボートの男は大声でどなった。
 負傷した男は安堵の溜息をもらした。
「ありがたい。しかし梯子はおりられないんだが、どうして下へおりたもんだろう。ゼフリズ?」