忘春詩集(ぼうしゅんししゅう)

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佐藤惣之助兄におくる


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 この詩集がはしなく忘春と名づけられたのも、今から考へると何となく相応しいやうな気がする。さまざまな大切なものを忘れて来たやうで、さて気がついて振り返つて見ても何ひとつ残つてゐないやうな私には、この忘春といふ美しい織物の裏地をさし覗くやうな文字のひびきからして、しつくりと私の心からゑぐり出したもののやうに思へる。私ばかりではなく誰人でも忘春の心があわただしく胸を衝くことがあるかも知れない。それだのに私は私らしく人一倍にそれを言はうとする迅りかけた心をもつものである。つまり私は私らしくをりをり自分の暮しのなかに何かを拾ひ蒐めようとして、扨て何物をも拾ひ得なかつたかも知れない。あるひは私の拾ひ得たものは瓦と石の砕片かけらで、さうして他に貴重なものがこぼれてゐたと言つた方が適当かも知れないのである。
 も一つ私はこの詩集のなかで、自分の子供を亡くしたといふよく有り触れた境致に、さういふ人生の真実に何時の間にかに触れたといふことに、私は始めて驚いたと言つてよいのである。人生といふものは辛酸の続きであるといふより、私にとつて人生は結極美事な驚きをその悲しみより先き立つて囁いたからである。人一倍さういふことに打たれる私には、一切の哀愁よりも先づ私といふ微些な一個の人間が始めてこの世のものに、さうして人生といふものを解りかけたからである。平淡で、その上すこしの波動のない私の暮しの中では、何ものに増して私を驚かせたことは実際である。
 これらの詩はどこか十九世紀の匂ひがするほど、古い言葉と形式とで充たされてゐることも、私にとつては決して偶然ではない。むしろさういふ古い文語を選んだといふより、ひとりでその形式を嚥み込んでそのまま呟やいたと言つた方が適当かも知れない。私が十年前に試みたやうな調子トオンをさへ含羞をもつて今もなほ、小娘の伏眼がちなたどたどしさで歌はれてゐるのを見ても、まだ私の心には多分な抒情の萌しがあると言へるのである。しかし何となくこれか私の抒情詩としての最後のものであることが、なほ褪色ある春花を曇天の梢に仰ぎ見るやうなうら寂しさを感じるのである。
 抒情詩といふものは穴蔵にある古酒のやうなもので、年古くなると同時に芳醇と清澄との味ひをもつものにちがひない。いつの時代か繰りかへされてもかれだけは真実で小ぢんまりしたつやけし玉のやうにこつくりした光で、さうしてその光を永く失はない。――一人の詩人がもつ年若いころには、みなさういふ抒情詩を書く時代を経験してゐる。それゆゑその人はその抒情詩の時代をどれだけあとあとまで懐慕するか分らない。私にしても今もなほその古いころと引続いた気もちを多分に感じるものである。しかもなほそれをたまたま人生にあつたいぢけた花の一つとして、ひそかに人知れず摘み取つて置きたいのである。
十一月初旬
著者
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忘春




いつの日に忘れしものならん
納戸の小暗きを掃きたりしに
三株ばかりの球根きうこんたね
隅よりころがり出でて
もはや象牙のごとき芽を吹きけり。
芽にちからあり
指触れば水気みづけふくみゐて光る、
余りにしほらしく
土にうづめぬ。



わが家はきのふもけふも
子守唄には暮れつつ
洋灯らんぷしたにみな来りて
おころりころりをうたへり。
人の世の佗しさおのれ父たることの
その真実まことを信じる寂しさ。
ふいるむのうつり変りゆく
その羽毛はけのごとき足なみの早さに
おのれひとり
いくたびか停まらんとしつつ
その陰影かげをさへとらへんすべもなし



古き支那の世に
馬守真といへる金陵のをんなありき。
蘭をゑがくにこまかき筆をもち
客にそがひせるいとまいとまには
心しづかに蘭画を描きつつ
うすき女らしき優墨にふけりしと云ふ
その葉を書き表はしたるものの
やさしく艶めき
品ある匂ひこぼるるごとし。
さればさびしき折折の
えもいはれず坐りてながむるなり。



古き染附の皿には
かげ青い象ひとつ童子にかれ歩めり。
この皿古きがゆゑ
底ゆがみ象のかげ藍ばみ
皿のそとにも寂しきかげを曳きけり。

かかる古き染附の皿には
うるしのごとく寂しく凝固かたまりたるそこ見え
日ぐれごろ
象のかげ長からず
ちぢまり一入悲しげに見ゆ。



日ざしいつか暖かくなり
わがかどのべにうららかなる。
門のべに立ちいでて
白き路をながめ
空しく人かげを見おくる。
人かげ垣根にまがり
ちぢまり顫へゐる。
いびつになりて見ゆ。



ゆかしき家ならびて
門のべも清く掃かれある。
門のべにみな桜つぼめる。