神の剣(かみのつるぎ)

 眼を転じて、書房の窓をのぞいて見給え。君の眼は『ルネッサンス以来の住宅建築術』とか『色彩感覚の教育』とか『近代応用美術におけるルネッサンス』とか『芸術品としての書籍』とか『装幀芸術』とか『芸術への饑餓』とかいう標題にぶつかる。――そしてこういう啓世の書が、何千となく買われ読まれ、また夜はこれと同じ題目について、満員の諸会館で講演が行われるということも、君はぜひ知っておかねばならぬ。――
 もし運がよければ、君は、いつもみんなが芸術をなかだちとして見ることになれている、あの有名な女性たちのだれかに、親しく出会うことができる。あのわざとこしらえたティツィアン風の金髪とダイヤモンドの飾りとを持つ、裕福な美しい婦人たち、そのあでやかな顔立ちには、天才的な肖像画家の手で、永遠が与えられ、その恋愛生活は市中の評判になっている――カアネヴァルの芸術家祭の女王たち、いささか粉黛ふんたいを施し、いささか彩色を加えていて、上品な皮肉をたたえ、媚態に富み、崇拝に価する――そういう婦人たちのだれかに。ところで、あそこを見たまえ。ある著名な画家が、恋人と一緒に、馬車でルドウィヒ街を走ってゆく。みんなその乗り物を指さし合っている。みんな足をとめて、二人を見送っている。挨拶をする人もずいぶん多い。もう少しで、巡査が垣でも作りそうな勢いだ。
 芸術は栄えている。芸術は支配者の位置にある。芸術はばらを捲いたしゃくを、この都の上にさしのべて、ほほえんでいる。各方面の人々が、うやうやしくその隆昌に参与し、各方面の人々が、それに仕えて熱心に献身的に、技を練り宣伝に努め、線と装飾と形と感覚と美との、忠誠な礼拝をおこなっているのである。――ミュンヘンは輝いていた。

 一人の青年が、シェリング街を大股に歩いて行った。四方から自転車のベルの音を浴びせられながら、木煉瓦の鋪道のまんなかを、ルドウィヒ寺院の広い正面にむかって、歩いて行くのである。青年の様子を見れば、太陽のおもてを陰がかすめるような、または心のおもてを、悩ましかった時の思い出がかすめるような気がする。この美しい都を祭日の輝きにひたしているあの太陽を、彼は好まぬのであろうか。なぜ彼は世にそむいて、おのれのうちに閉じこもりながら、視線を地に落したなり歩いているのであろう。
 彼は帽子をかぶらずに――この気軽な都では服装が自由なので、だれ一人それをとがめる者はないのである――その代りゆるやかな黒い外套の頭巾で、頭を覆っている。それが彼の狭い角張かくばって突き出た額に影を落し、耳を隠し、やせた頬をふちどっている。どんな良心の懊悩、どんな狐疑、どんな自己虐待が、この頬をかくもおちくぼませる力を持っていたのだろう。こういう晴れやかな日に、憂苦が或る人間の頬に棲んでいるのを見るというのは、戦慄すべきことではないか。彼の黒い眉毛は、大きくこぶのごとく顔から飛び出た鼻の細い附根のところで、ひどく濃くなっている。そして唇は厚くふくれている。かなり近く寄り合った茶色の両眼を挙げるたびに、角張った額には横皺がいくつもできる。物を見る時は、なにもかも知っているような、偏屈な悩ましげな表情で見る。横から見ると、この顔は僧侶の手になったある古い肖像とそっくりである。フロレンスのある狭いわびしい僧房に蔵せられている肖像で、その僧房とは、かつて昔そこから、生命とその勝利に対する、すさまじい猛烈な抗弁が発せられたところなのである。――
 ヒエロニムスはシェリング街を進んで行った。寛濶な外套を内側から両手で合わせながら、ゆるやかな堅実な歩調で進んで行く。二人のまだ小さな娘――鉢巻リボンと、大きすぎる足と、無遠慮な風儀とを持つ、かわいいがんじょうな娘たちの中の二人が、腕を組み合わせて、事あれかしという様子で、彼とゆっくりすれ違ったが、互いに肱を突つき合って、笑って前かがみになったと思うと、彼の頭巾と彼の顔を笑って笑って、とうとうかけ出してしまった。しかし彼はそんなことは気にもとめなかった。首を垂れたまま、右も左も見ずに、ルドウィヒ街を突っ切ると、寺院の階段を昇って行った。
 中央の入口の大きな開き扉は、ひろく開かれていた。冷やかな、よどんだような、供物の煙を含んだ神聖な薄明りの中には、どこか遠くのほうに、おぼろげな赤味がかった輝きが見えている。充血した眼の老婆が一人、祈祷台から身を起して、松葉杖にすがりながら、柱の間をよちよちと縫って行った。寺院の中には、そのほかになんの人影もない。
 ヒエロニムスは水盤のところで、額と胸をうるおしてから、神壇の前にひざまずくと、今度は中堂の中に立ちどまった。彼の姿は、この寺院の中で見ると、大きくなったように思われはしないか。屹然として身動きもせず、勢いよく頭をあげたなり、彼はそこに立っている。例の大きな、こぶのような鼻は剛愎な表情で、厚い唇の上に突き出ているように見えるし、眼ももはや下を向いてはいないで、大胆にまっすぐに遠くのほうを――神壇の上にある磔像のほうを見つめているのである。そのままで、彼はしばらく凝然とたたずんでいたが、やがてあとすざりながら、ふたたびひざまずいてから寺院を出た。