にはかへんろ記(にわかへんろき)

まづ船に旅の幸えし五月かな



杖            五〇円
笠           三三〇円
べんたう行李       五五円
荷物行李(おひずる)  三〇〇円
首掛袋          八〇円
鈴           二五〇円
数珠          二五〇円
札箱           五〇円
お札           二〇円
納経帖         一〇〇円
脚絆          一五〇円
白衣          四五〇円

 以上のへんろ装束、並びに、持道具一切を、われ/\、四国第一番の札所は、阿波、霊山寺門前の浅野仏具店で調とゝのへることができた。
 その前日の午後、神戸から乗つた“あきつ丸”を小松島で下りた途端、その汽船発着所の待合室にたま/\みいだした広告……それによつて、われ/\、その浅野仏具店といふ、おもひもよらぬ器用なものゝあるのを知つた。……といふことは、そこへ行きさへすれば、へんろ装束一切が、右からひだり、簡単に、すぐにでも間に合ふであらうといふことが、われ/\に、おのづから了解できたのである。
 すなはち、
 ――大丈夫だよ、君。……何も心配するがものはなかつた……
 と、ぼくは、同行、池田吉之助君をかへりみた。
 ――さうなんですなァ。……安心しました、これで……
 と、東京出発以来、いかにして調達すべきかと、それをばかり苦にしつゞけた池田君は、はなはだ、正直に、惜みなく、口もとをほころばした。
 が、そのあと、その広告のちかくに掲げられた告知……小松島保安部、小松島巡査派出所、及び、関西汽船株式会社名による乗客への注意書は、もッと、太だ、われ/\をよろこばした。
 なぜか?

“――船内でのインチキ賭博には手を出さないで下さい。絶対に勝てないばかりか、刑事上の罪になります……”

 といふ一くだりの文句をその中にみつけたからである。

“――絶対に勝てないばかりか……”

 なか/\、素直に、かうはいへるもんぢやァない……
 ――よきかな、四国……
 ぼくは、ひそかに、ぼくにいつた。


 その晩、われ/\は、徳島市内を流れる新町川沿岸の“清風荘”といふ宿屋に入り、徳島新聞の松本さん、福島さん、郷土研究家の林鼓浪さんたちから、徳島に関する話をいろ/\参考に聞いたのだが、これよりさき、
 ――わたくし、文藝春秋新社の……
 と、池田君、みづから名告りつゝ、林さんに名刺をさしだした。
 と、
 ――あなた、池田吉之助さんで?
 それをみるや、林さん、突然、驚きに似た声をあげたのである。
 ――は?……はァ……
 池田君は、一瞬、キョトンとした。そして、大きな目をパチ/\させた。
 ――池田吉之助といつたら、あなた、角藤定憲がはじめて壮士芝居の旗上げをしたときの重要な座員の一人です……
 と、林さんはいつた。
 ――さうでしたかしら?
 と、引取つてはいつたが、ぼくには、かいくれその名前、記憶になかつた。
 ――横田金馬、笠井栄次郎位なら、知つてますが……
 ――その仲間です。……はじめは池田吉造といつてましたが、後に、吉之助になりました。
 ――どうも、いけません。ぼくの名前は……
 と、池田君は、あたまを抱へてみせた。
 ――何んのかの、いつも、いろ/\サカナにされます……
 が、池田君のおかげで、ぼくは、角藤定憲についての新しい知識をえた。……すなはち、明治二十一年の十二月、岡山県人角藤定憲が“大日本壮士改良演劇会”といふものを組織、中江兆民たちの支援をえて、大阪の“新町座”で旗上げをしたあと、近畿から九州にかけての各地を巡業、失敗に失敗をかさねたあげく、やッとのことにたどりついた徳島で傷害事件を起し、一月あまり警察に拘置された顛末をくはしく林さんから聞くことができたからである。……帰つたら、これは、早速、“新派の六十年”の著者、柳永二郎につたへるべきだと思つた。
 それにしても、林さんの話のうまさは、林さん自身、嘗て、その仲間に居たかのやうな感じをさへ、ぼくに与へた。ぼくと一つか二つしか年のちがはない以上、そんなはずはないのだが、それほど、でも、生き/\と、すべての人物が林さんの舌頭に舞つた。……そこに、ぼくは“研究”のある方法の、空想を、きはめて容易に現実化させうる一つの場合をみいだした。
 なほ、むかしの池田吉之助は女形だつたらしい。……いまの、ぼくとゝもに遍路の旅にでた池田吉之助君は、東大出身、近世ドイツ史専攻の学士さまである。
 しかし、角藤は、明治四十年の一月に、四十二で死んでゐる。とすると、“新町座”旗上げのときは、まだ、二十三にしかならなかつたわけの、座長にしてそれだつたら、座員はもッと若かつたにちがひない。ことに女形だつたとすれば、むかしの池田吉之助は、いまの池田吉之助君より、当時、七八つは若かつたであらうこと必定である。……しかも、いまの池田吉之助君たる、白面、純情、蝶ネクタイいやしからぬ好青年、一たび遍路すがたに身をやつすや、