雲母集(きららしゅう)

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きらら。  雲母。うんも。タマのたぐひにて、五色ゴシキのひかりあり。深山オクヤマイシアヒダにいでくるものにて、カミをかさねたるごとくかさなりあひて、げば、よくはがれて、うすく、カミのやうになれども、にいれてもやけず。ミヅにいれてもぬるゝことなし。和名(雲母和名、[#改行]岐良々
『日本大辞林』


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煌々くわうくわうと光りて動く山ひとつ押しかたぶけてる力はも



煌々くわう/\と光りて深き巣のなかは卵ばつかりつまりけるかも

大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも

かなしきは春画の上にころがれる七面鳥の卵なりけり



大鴉一羽渚にもだふかしうしろにうごく漣の列

大鴉一羽地に下り昼深しそれを眺めてまた一羽来し

昼渚人し見えねば大鴉はつたりとめすおさへぬるかも

大鴉なぎさありけどうららなる波はそこまでとどかざりけり

寂光じやくくわうの浜に群れゐる大鴉それの真上まうへにまた一羽来し

一羽飛び二羽飛び三羽飛び四羽五羽飛び大鴉いちどに飛びにけるかも

大空のもとにしまし伏したり病鴉やみがらす生きて飛び立つ最後に一羽



水のに白きむく犬姿うつし口には燃ゆるくれなゐの肉

丸木橋まるきばしの上と下とを真白きもの煌々くわうくわうとして通りけるかも



水の面に光ひそまり昼深しぬつと海亀息吹きにたり

日ざかりは巌を動かす海蛆ふなむしもぱつたりと息をひそめけるかも

ふかざめ大地だいちの上はあるかねばそこにごろりところがりにけり



ふかぶかとまなこひらけばどん底に何か光りて渦巻くらしも



盤石ばんじやくに圧し伏せられし薔薇ばらの花石をはねのけてり深みかも



大空に何も無ければ入道雲むくりむくりと湧きにけるかも
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大正二年一月二日、哀傷のあまりただひとり海を越えて三崎に渡る。淹留旬日、幸に命ありてひとまづ都に帰る。これわが流離のはじめなり。


雪深しくぐみゐたればくれなゐの月いで方となりにけるかな


思ひきや霧の晴間はれまのみをつくし光りゆらめく河下見れば

朝霧にかぎり知られぬみをつくしかぎりも知らぬ恋もするかな

朝霧に光りゆらめくみをつくしいまだ死なむと吾が思はなくに


日だまりに光りゆらめく黄薔薇くわうしようびゆすり動かしてゐる鳥のあり

黄薔薇くわうしようび光りゆらめくとも知らず雀飛び居りゆらめきつつも


寂しさに浜へて見れば波ばかりうねりくねれりあきらめられず

寂しさに男三人浜にで三人そろうてあきらめられず


海人あまが子がもぐり漕ぎたみみるめ刈るここの漣かぎり知られず

八景原の崖に揺れ揺るかづらの葉かづら日に照るあきらめられず

小牛ゐて薊み居り八景原小牛かはゆしあきらめられず

来て見ればけふもかがやくしろがねの沖辺はるかにゆく蒸汽ふねのあり

日が照る海がかがやく鰯船板子いたごたたけりあきらめられず

八景原はつけばら春の光は極みなし涙ながして寝ころびて居る

あまつさへ日は麗らかに枯草のふかき匂ひもひもじきかなや

日の光ひたと声せずなりにけり何事か沖に事あるらしや

ただひとつあかき日の玉くるくると沖にかがやくあきらめられず

空赤く海また赤し八景原はつけばらなかのとんがり山なぜ黒いぞな

雲雀啼く浦のくるわ田圃たんぼみち行けばさびしもまだ日は暮れず


何かしら笑ひ泣きする心なり野菜畑に鰯ころがる

来て見れば鰯ころがる蕪畑かぶらばた蕪みどりの葉をひるがへす


日暮るれば枯草山の枯草をただかきわけていそぐなりけり

夕されば涙こぼるるじやうヶ島人間ひとり居らざりにけり


おめおめと生きながらへてくれなゐの山の椿に身をせにけり



夕暮の余光のもとをうち案じ空馬車馭してゆく馭者のあり

屋根の太陽は赤くおどみて石だたみ古るき歩道ほだうに暮れ落ちにけり

夕されば大川端に立つ煙重く傾むく風吹かむとす

悲しくも思かたむけいつとなくながれのきしをたどるなりけり

風寒く夕日ばめり冬の水いま街裏まちうらを逆押してゆく