武州公秘話(ぶしゅうこうひわ)

[#ページの左右中央]


図


[#改丁]



伝曰。上杉謙信。居常愛少童。又曰。福島正則。夙有断袖之癖。老而倍※(二の字点、1-2-22)太甚。終至家亡一レ身矣。雖然是豈一謙信一正則而已乎。世所謂英雄俊傑者之於性生活也。逸事異聞之可伝可録者頻多。曰男色嗜虐性。則是武人習性之所敢使一レ然。非復足深咎也焉。本篇所伝武州公者。夙生于戦国。智謀兼備。武威旁暢。真為一代之梟雄矣。而坊間伝云。公亦被虐性的変態性慾者也矣。吁是果真乎。雖余未一レ其果信乎否乎其事已奇。其人豈可憐哉。而正史不之。世人不之。余頃者読桐生氏所蔵之秘録。竊知公之為一レ人。審公胸裏之窈糾令々甚切者。咨嘆久之。王守仁曰。破山中賊易。破心中賊難。雖然公之武威。※(「門<敢」、第3水準1-93-58)※(「九+虎」、第4水準2-87-25)。偃武弭兵之功。誰有亦能及之者哉。余則有感。藉体於稗史小説。聊以叙公性生活之委曲。則以武州公秘話篇。読之者。無徒為荒唐無稽之記事幸也矣。

昭和十歳次乙亥初秋
摂陽漁夫識
[#改ページ]

武州公秘話総目録




妙覚尼みょうかくに「見し夜の夢」を書きのこす事、並びに道阿弥どうあみの手記の事
武蔵守輝勝むさしのかみてるかつ甲冑かっちゅうの事、並びに松雪院絵姿しょうせついんえすがたの事


法師丸ほうしまる人質となって牡鹿城おじかじょうに育つ事、並びに女首おんなくびの事
法師丸敵陣において人の鼻を※(「鼾のへん+りっとう」、第3水準1-14-65)る事、並びに武勇を現わす事
敵味方狐疑こぎの事、並びに薬師寺やくしじの兵城の囲みを解く事


法師丸元服の事、並びに桔梗ききょうかたの事
筑摩則重つくまのりしげ兎唇みつくちになる事、並びに※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)じょうろうかわやの事


桔梗ききょうかた河内介かわちのすけに対面の事、並びに両人陰謀の事
則重のりしげ鼻を失う事、並びに源氏花散里はなちるさとの和歌の事


河内介かわちのすけ父の城に帰る事、並びに池鯉鮒家ちりうけの息女と祝言の事
道阿弥感涙を催す事、並びに松雪院悲歎の事


牡鹿城おじかじょう没落の事、並びに則重のりしげ生捕いけどりの事
[#改丁]

図




「見し夜の夢」の作者である妙覚尼と云う尼がどう云う素性すじょうの人間で、どう云う時にくの如きものを書いたのかくわしいことは知るよしもないが、前後の文意から察すると、此の婦人は武州公ぶしゅうこう奥向おくむきに勤めていた侍女であったことは明かである。そして武州家滅亡のゝちに剃髪ていはつして尼となり、何処かの「片山里かたやまざとに草のいおりを結んで、あさゆう念佛ねんぶつを申すよりほかのいとなみもなかった」と、自ら記している。つまり此の手記は、老後のつれ/″\にりし世の事どもをおもいだして書きつゞったと云う風に見えるが、しかし「念佛を申すよりほかのいとなみもない」尼の身が、なんの目的でこれを書く気になったのだろう。尼自身の云う所に依れば、「つら/\武州公の行状を考えると、世の中には善人も悪人もなく、豪傑も凡人もない。賢き人も時には浅ましく、たけき人も時には弱く、きのう戦場に於いて百千の敵を取りひしいだかと思えば、きょうは家に在って生きながら獄卒のしもとを受ける。花顔柳腰かゞんりゅうようの婦女子も或は羅刹夜叉らせつやしゃとなり、抜山蓋世ばつざんがいせいの勇士も忽ち餓鬼畜生に変ずる。畢竟ひっきょうするに武州公は、因果のことわり輪廻りんねの姿を一身に具現して衆生の惑いを覚まさんがために、暫く此の世に仮形けぎょうし給うた佛菩薩ぶつぼさつではないであろうか。………」と、そんな風な感想を述べて、結局「武州公は貴きおん身に地獄の苦患くげんを忍び給い、その功徳くどくに依ってわれら凡夫に菩提ぼだいの心を授けて下すった有難いお方である。されば自分が公の行状を書き記すのも、一つには追善供養のため、一つには報恩謝徳のためで、別に他意ある次第ではない。もし公のふるまいを見てあざけり笑うものがあれば、それこそ罰あたりのやからであって、心ある者はたゞ/\有難いと思うべきである」と云っている。が、ちょっとコジツケの理窟りくつのようで、果して此の筆者が本心からそう信じていたか、疑わしい点がないでもない。邪推をすれば、此の尼にも孤独生活から来る生理的不満があって、そのやるせなさを慰めるためにこんなものを書いたのかとも思われる。