白南風(しらはえ)

[#ページの左右中央]


中垣(世田ヶ谷時代)の口絵の図


[#改丁]




 白南風は送梅の風なり。白光にして雲霧昂騰し、時によりて些か小雨を雑ゆ。鬱すれども而も既に輝き、陰湿漸くに霽れて、愈※(二の字点、1-2-22)に孟夏の青空を望む。その薫蒸するところ暑く、その蕩揺するところ、日に新にして流る。かの白栄と言ひ、白映と作すところのもの是也。蓋し又、此の白映の候に中りて、茲に我が歌興の煙霞と籠るところ多きを以て、採つて題名とす。もとより本集の歌品秋冬に尠く、春夏に多きもその故なり。

 我が短歌に念持するところのもの、即ち古来の定型にして、他奇なし。ただ僅かに我が歌調を這箇の中に築かむとするのみ。その自然の観照に於ては、必ずしも名山大沢に之を索めず、居に従ひて選ぶ平々凡々の四囲に過ぎず。又、その生活感情の本とするところに於て、あながちに一時の世相に関せず、社会機構とも強ひて連工する無し。而も又、孤高を潔しとし、流行を斥くるにもあらず。ただ専ら短歌を短歌とし、自然を自然とし、我を亦我とするのみ。本分は我自ら知るべきなり。

 惟ふに風騒いやしくもすべからず。かの光明に参じ、虚実交※(二の字点、1-2-22)にして荘厳の秘密を識る、畢竟は此の我を観、我を識るなり。一なる生命の根源に貫徹すべきのみ。乃ち、心地清明にして万象おのづからに透映し、品格整斉して気韻おのづからに生動せむ。純情にして簡朴なる、幽玄にして富贍なる、情意臻つて詞華之に順じ、境涯極に入つて象徴の香気一に鐘る。一首は遂に一首にして亦生死の道なり。質実にして強靱ならされば得べからず。

 又、惟ふに、神工にして成るものは稀なり。我が如きは、ただに玄微に玄微を捜ね、一音に一音を積み、而も鈍根にして未だ全く達するところを知らず。ただ好むところに殉じ、時に随ひて行ふのみ。苦楽もと一なり。霊感は安易にして俟つべきにあらず。ただ日常にありて忘れざるべきを思ふ。精錬の道にして、初めて成就すべき業ならむか。恭謙ならざれば到り難し。
『白南風』一巻、もとより屑々の歌集にして、何らの気に負ふべきものなし。日光・月色・風塵・草卉・魚・鳥の諸相、季節と生活、単にただ一々の歌品を以て、偶ま同好にして渾厚の士の清鑒に供へむとするのみ。言説すべきにあらず。

昭和九年四月
砧村の雲と鉄塔の下にて
白秋識
[#改丁]
[#ページの左右中央]




[#改ページ]
[#ページの左右中央]


大正十五年の、谷中天王寺墓畔に於ける生活に由る。新旧作合せて、短歌二百五拾弐首、長歌一篇。墓畔吟なれども必ずしも哀傷せず、世は楽しければなり。


[#改ページ]


移り来てまだ住みつかず白藤のこの垂り房もみじかかりけり

厨戸くりやどのとのもの小米花こごめけにけりころも干したり子らがさごろも


春まひる真正面まともの塔の照りしらむ廻縁ゆか高うしてしづかなる土

あららぎや五重の端反はぞりうつくしき春昼しゆんちうにしてうかぶ白雲


音きざむ珠数屋が※(「窗/心」、第3水準1-89-54)の板びさし椎の古葉ふるはのつみて久しき

春まひる隣に聴きてひそけさよ珠数みがく子らが息吹いぶきためつつ

木蘭もくれんは花の立枝たちえの影濃くておもてにほへりいちじろき照り

木蘭もくれんの花立ちひらく春日すらひめもすや人のたま磨きする

さしなみの隣につづる珠の緒のうつつなりけに春はかそけさ


春過ぎて夏来にけりとおもほゆる大藤棚おほふぢだなのながき藤浪

墓地前は石屋が軒をうづみてし白雲木はくうんぼくの花もをはりぬ


動物園所見


白鷺はくちばしくろしうつぶくとうしろしみみにそよぐ冠毛かむりげ

まきもやや光る葉がひをちて青鷺の群のなにかけうとさ


鶴の巣と松の根方に敷く藁は今朝けささやさやしあら麦稈むぎから

松の花あかる日竝ひなみを巣に群れて丹頂の雛は早やあらはなり

珠鶏

脊に負ひて霰小紋のもろつばさほろほろてうは声ふくむとり

珠鶏たまどりの瘤赤し片寄りにみな横向くとただほろほろに

ほろほろと啼く珠鶏たまどりのこゑきけば夕日ごもりになりにたらしも

夕かげの砂掻きあますくくみごゑほろほろてうの連れうごき来る


前廂ふかきこの家を門庭かどにはは日の照りあかり若葉かへるで

石のつま湿しめらふ見れば藍微塵まゆみの花のちりて時あり


若葉して日射明れどこの空や朝よりすすのきらひふりつつ

根府川石ねぶかはやいまは日ざしも夏まけて板屋かへでの若葉映ろふ

いはにむらがる羽蟻音立てては時ちし春蘭しゆんらんの花