古句を観る(こくをみる)


 ケーベル博士の常に心を去らなかった著作上の仕事は「文学における、特に哲学における看過されたる者および忘れられたる者」であったという。この問題は一たびこれを読んで以来、またわれわれの心頭を離れぬものとなっている。世に持囃もてはやされる者、広く人に知られたものばかりが、見るべき内容を有するのではない。各方面における看過されたる者、忘れられたる者の中から、真に価値あるものを発見することは、多くの人々によって常に企てられなければならぬ仕事の一であろうと思われる。
 古句を説き、古俳人を論ずる傾向は、今の世において決して乏しとせぬ。見方によっては過去のあらゆる時代より盛であるといえるかも知れない。ただわれわれがひそかに遺憾とするのは、多くの場合それが有名な人の作品に限られて、有名ならざる人の作品は閑却されがちだという点である。一の撰集が材料として取上げられるに当っては、その中に含まれた有名ならざる作家に及ばぬこともないけれども、そういう撰集を単位にして見れば、これもまた有名な集の引合に出されることが多く、有名ならざる俳書は依然として下積になっている。有名な作家、有名な俳書に佳句が多いということは、常識的に一応もっともな話ではあるが、その故を以て爾余じよの作家乃至ないし俳書を看過するのは、どう考えても道に忠なる所以ゆえんではない。
 芭蕉を中心とした元禄の盛時は、その身辺に才俊を集め得たのみならず、遠く辺陬へんすうの地にまで多くの作家を輩出せしめた。本書はその元禄期(元禄年間ではない)に成った俳書の中から、なるべく有名でない作家の、あまり有名でない句を取上げて見ようとしたものである。勿論もちろん有名とか、有名でないとかいうのも比較的の話で、中には相当人に知られた作家の句も混っているが、その場合は人口じんこう膾炙かいしゃした、有名な句をつとめて避けることにした。比較的有名ならざる作家の、比較的有名ならざる俳句の中にどんなものがあるか、それは本書に挙げる実例があきらかに示すはずである。
 われわれはすなの中から金を捜すようなつもりで、閑却された名句を拾い出そうというのではない。自分一個のおぼつかない標準によって、みだりに古句の価値を判定してかかるよりも、もう少し広い意味から古句に注意を払いたいのである。従って本書に記すところも、いわゆる研究とか、鑑賞とかいうことでなしにわれわれのおぼえ書に類することが多いかも知れない。われわれは標題の通り「古句を観る」のである。もしその観た結果がつまらなければ観る者の頭がつまらないためで、古句がつまらないわけでは決してない。

昭和十八年八月十日

著者
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 順序上新年の句を最初に置くことにする。今の新年は冬の中に介在しているが、昔の新年は春の中にあった。従ってその空気なり、背景なりには、大分今と異ったものがある。古人も俳書を編むに当り、あるいは歳旦さいたんを独立せしめ、あるいは春の部に混在せしめるという風で、必ずしも一様の扱方をしていない。広い意味で春に包含すると見れば差支さしつかえないようなものの、藤や山吹と前後して正月の句を説くのは、感じの上においてそぐわぬところがある。すなわちこれを独立地帯として、歳旦という特別な気分の下に生れた句を一括する所以ゆえんである。
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正月はどこまでわせた小松売    円解

「どこまでわせた」は、正月はどこまで来たか、といって小松売に尋ねる意であろう。正月というものに対して次第に無関心になりつつあるわれわれも、この句を読むといろいろなことを思い出す。
 京伝きょうでん黄表紙きびょうしに子供のうたとして「正月がござつた。かんだまでござつた。ゆづりはにこしをかけて、ゆづり/\ござつた」というのが引いてある。泉鏡花氏の書いたものによると、「正月はどうこまで、からから山のしいたまで……」という童謡を「故郷のらは皆師走しわすに入って、なかば頃からぎんずる」と書いてあった。各地方にそれぞれ同じ意味の唄が、少しずつ言葉が違って伝えられているのであろう。「どこまでわせた」もそういう文句をふまえたものに相違ない。
 正月を擬人した句は他にいくらもある。一茶の「今春が来た様子なり煙草盆」などは、最も人間的に扱った例として知られているが、それより前に「正月が来たか畠に下駄の跡」という誰かの句があった。円解の句はこの二句ほど気がいていないかも知れない。しかしこう三句並べて見ると、一番鷹揚おうようで上品な趣に富んでいる。

元朝がんちょうやにこめく老のたて鏡    松葉