古句を観る(こくをみる)


「にこめく」という言葉はあまり耳慣れぬようであるが、漢字を当てるとすれば「和」の字であろうか。「物堅き老の化粧やころもがへ」という太祇たいぎの句ほど面倒なものではない。元朝を迎えた老人が、にこやかに鏡に対しているところである。

蓬莱ほうらいや日のさしかゝる枕もと    釣壺

 めでたい句である。朝日のはなやかにさしたる、とでも形容すべきところであろう。晏起あんきの主人はまだ牀中しょうちゅうにあって、天下の春を領しているような気がする。
 新年の句のめでたいのは何も不思議はないが、こういう巧まざるめでたさを捉えたものはかえって少い。「さしかゝる」という言葉も、蓬莱を飾った枕許まくらもとだけに、すこぶる気が利いているように思う。

万歳まんざいのゑぼしをはしるあられかな    胡布

 この句の趣は今の正月としても味わわれる。万歳のかぶった烏帽子えぼしを霰がたばしるというのは、寂しいながら正月らしい趣である。春の正月と、冬の正月とによって、感じに変化を生ずるほどのものではない。
「ものゝふの矢なみつくろふ小手こての上に霰たばしる那須の篠原」という実朝の歌は、殆ど森厳しんげんに近いような霰の趣である。芭蕉は身に親しく霰を受けて「いかめしき音や霰の檜木笠ひのきがさ」とんだ。万歳の烏帽子にたばしる霰は、そういういかめしい性質のものではない。もっと軽快な、さらさらとした霰である。

犢鼻褌ふんどしあごにはさむやはじめ    ※(「さんずい+(吝-口)」、第3水準1-86-53)ぶんそん

 著衣始というのは年頭に衣を著初きそめるの意、三カ日のうち吉日を選ぶとある。この句は読んだまでのもので、格別説明を要するところはない。著衣始の句としてはむしろ品格の乏しい方に属するが、われわれは別個の興味から看過し難いのである。
『浮世風呂』の中であったか、犢鼻褌を腮でしめた時分の話だ、というような意味のことがあった。川柳子せんりゅうしもこの説明に都合のいいように「古風なる男犢鼻褌腮でしめ」「元禄の生れ犢鼻褌腮でしめ」と二通りの句を残している。※(「さんずい+(吝-口)」、第3水準1-86-53)村の句は正徳しょうとく二年の『正風彦根躰しょうふうひこねぶり』に出ているのだから、そういう人間がまだ古風扱を受けるに至らぬ、現役の時代である。川柳の方は時代の推移を知るに便宜なため、しばしば人の引くところとなっているけれども、※(「さんずい+(吝-口)」、第3水準1-86-53)村の句は従来あまり問題になっていない。眼前瑣末さまつのスケッチに過ぎぬ著衣始の句も、こうなるとたしかに風俗資料に入るべき価値がある。

戸をさしてとぼその内や羽子はねの音    ※(「糸+丸」、第3水準1-89-90)もうがん

 正月――少くとも松の内位の間、夜早くから店をしめて、人通りもあまりないのは、以前も同じことであるが、点燈夫がつけて歩く軒ラムプの時代には、とてもその光で羽子をつくことは出来なかった。軒ラムプが電燈に変ってからも、はじめのうちはかなり暗いもので、街燈の光がその度を加え、店鋪てんぽが内外の電燈に強烈な光を競うようになったのは、まだそう久しいことではない。そのため夜は店を閉じても外の明りで十分羽子をつくに足り、夏の郊外などでは真夜中に蝉が鳴きひぐらしが鳴くようになった。こういう燈火の作用は明治時代の人の想像も及ばぬところであろう。
 毛※(「糸+丸」、第3水準1-89-90)のこの句は風の強い日などであるか、戸をしめた枢の内から羽子の音が聞える、という変った場合を見つけたのである。今なら広い土間か何かに光の強い電燈をつけて、夜でも羽子をつき得るわけであるが、元禄時代の燈火ではそんなことを望むべくもない。ただそういう風の当らぬ別天地に、しきりに羽子をつく音が聞える。そこに作者は興味を持ったらしい。羽子の句としては珍しいものである。この珍しさは夜間街燈に追羽子おいばねを見得るようになった現代といえども、依然これを感ずることが出来る。

蝋燭に帯のあふちや著そはじめ    魚珞

 この蝋燭は夜でなしに、朝非常に早い室内の燭ではないかと思う。衣をえ、帯を結ぶに当って、そこにかすかな風が起る。その風によってしずかな燭の火がゆらぐというのである。「あふち」という語はあおりと同意であろう。
 繊細な見つけどころの句で、燭の火に衣を改める人の面影が髣髴ほうふつとして浮んで来るような気がする。同じく衣を改めることを詠じながら、夏の更衣ころもがえと全然別の趣を捉えているのをとしなければならぬ。

万歳の春をさし出すおうぎかな    子直

 万歳のさし出す扇から春が生れるように感ずる、というよりも更に進んで、万歳が扇によって春そのものを差出す、と見たのである。こういういい現し方は今の句とは大分異った点があるように思う。