十和田湖(とわだこ)


「さてうも一かたならぬ御厚情ごこうじやうあづかり、すくなからぬ御苦労ごくらうけました。道中だうちうにも旅店はたごにも、我儘わがまゝばかりまをして、今更いまさらはづかしうぞんじます、しかしくるま駕籠かご……また夏座敷なつざしきだとまをすのに、火鉢ひばちをかんかん……で、鉄瓶てつびん噴立ふきたたせるなど、わたしとしましては、こゝろならずもむことをませんので、けつして我意がいつのらせた不届ふとゞき次第しだいではありません。――これは幾重いくへにも御諒察ごりやうさつねがはしうぞんじます。
 ――古間木こまき東北本線とうほくほんせん)へお出迎でむかくだすつた以来いらいくち休屋やすみやかけて、三とまり。いままたざつと一にち、五ばかり、わたしども一かうたいし……申尽まをしつくせませんまで、種々しゆ/″\こゝろづかひをくださいましたのも、たゞ御礼おれい申上まをしあげるだけではみません。御懇情ごこんじやうはもとよりでございますが、あなたは保勝会ほしようくわい代表だいへうなすつて、みづうみ景勝けいしよう顕揚けんようのために、御尽力ごじんりよくをなすつたので、わたしが、日日社にちにちしやより旅費りよひ頂戴ちやうだいおよんで、遥々はる/″\出向でむきましたのも、またそのためにほかなりませんのでございますから、見聞みきゝのまゝを、やがて、とぞんじます。けれども、はたして御期待ごきたいにかなひますか、如何どうか、そのへんところ御寛容ごくわんようねがひたうぞんじます。たゞしかし、湖畔こはん里余りあまり、沿道えんだう十四あひだ路傍ろばうはなそこなはず、えだらず、霊地れいちりましたせつは、巻莨まきたばこ吸殻すいがらつて懐紙くわいしへ――マツチのえさしはして、もとのはこをさめましたことをはゞかりながらまをでます。なに行届ゆきとゞきませんでも、こればかりは、御地おんちたいする礼儀れいぎ真情まごゝろでございます。」
「はあ――」
 ……はあ、とそつはないが、日焼ひやけのしただらけのむねへ、ドンと打撞ぶつかりさうにれらるる、保勝会ほしようくわい小笠原氏をがさはらしの――八ぐわつ午後ごご古間木こまきうてより、自動車じどうしやられ、ふねまれ、大降おほぶり小降こぶり幾度いくどあめれ、おまけに地震ぢしんにあつた、裾短すそみじか白絣しろがすりあかくなるまで、苦労くらうによれ/\のかたちで、くろ信玄袋しんげんぶくろ緊乎しつかりと、巌丈がんぢやう蝙蝠傘かうもりがさ麦稈帽むぎわらぼう鷲掴わしづかみに持添もちそへて、ひざまでの靴足袋くつたびに、革紐かはひもかたくかゞつて、赤靴あかぐつで、少々せう/\抜衣紋ぬきえもん背筋せすぢふくらまして――わかれとなればおたがひに、たふげ岐路えだみち悄乎しよんぼりつたのには――汽車きしやからこぼれて、かぜかれてた、のやうな旅人たびびとも、おのづからあはれをもよほし、挨拶あいさつまをすうちに、ついそのさそはれて。……つたのではけつしてない。……
「十和田わだかみ照覧せうらんあれ。」
はうとして、ふとおのれかへりみてあきかへつた。這個この髯斑ひげまだらまなこつぶらにしておもあか辺塞へんさい驍将げうしやうたいして、しかことさむには、当時たうじ流行りうかう剣劇けんげき朱鞘しゆざや不可いけず講談かうだんものゝ鉄扇てつせんでも不可いけない。せめては狩衣かりぎぬか、相成あひなるべくは、緋縅ひをどしよろひ……とがつくと、暑中伺しよちううかゞひに到来たうらい染浴衣そめゆかたに、羽織はおりず、かひくちよこつちよに駕籠かごすれして、ものしさうに白足袋しろたび穿いたやつが、道中だうちうつかひふるしの蟹目かにめのゆるんだ扇子あふぎでは峠下たふげした木戸きどしやがんで、秋田口あきたぐち観光客くわんくわうきやくを――らはい、と口上こうじやうひさうで、照覧せうらんあれはことをかしい。