探偵小説の「謎」(たんていしょうせつのなぞ)


 社会思想研究会出版部のすすめによって、私の随筆の中から、探偵小説のトリックを解説したものを集めてみた。トリックについては、私は別に「類別トリック集成」(早川書房版『続幻影城』に収む)というものを書いているが、これは探偵小説に慣れた人々のための項目書きのようなもので、一般の読み物としては不適当なので、本書にはその目次のみを参考として巻末に加え、内容全部はのせなかった。のちに、その「トリック集成」の部分部分を、もっとわかりやすい書き方にした随筆が幾つかあるので、ここにはそれらを集め、ほかに類縁の「魔術と探偵小説」「スリルの説」などを加え、さらに本書のために新らしく「密室トリック」三十五枚を書き下して、首尾をととのえた。
「類別トリック集成」は八百余の各種トリックを九つの大項目にわけて解説したものだが、それらの項目と本書の随筆との関係を左にしるして御参考に供する。これには巻末の「類別トリック集成」目次を参照されたい。
第一、犯人の人間に関するトリック[#「第一、犯人の人間に関するトリック」は底本では「 第一、犯人の人間に関するトリック」]
この項目では「一人二役」と、「その他の意外な犯人」の二つが最も大きなものだが、本書の「意外な犯人」と「奇矯な着想」(の一部)はその両者から面白そうな部分を抜きだして随筆にしたものである。
第二、犯罪現場と痕跡に関するトリック
この内訳は※(丸1、1-13-1)密室トリック※(丸2、1-13-2)足跡トリック※(丸3、1-13-3)指紋トリックであるが、本書の「密室トリック」は※(丸1、1-13-1)を詳しく書き直したもの、また、本書「明治の指紋小説」は※(丸3、1-13-3)に関係がある。
第三、犯行の時間に関するトリック
この項目はくだいて書いた随筆がないので、本書にはのせられなかった。
第四、兇器と毒物に関するトリック
本書「兇器としての氷」と「異様な兇器」はこの項目の兇器の部分をくだいて書いたものである。毒物についてはそういう随筆がない。
第五、人および物の隠し方トリック
本書「隠し方のトリック」はこの項目の中から面白そうな例をひろいだして詳記したものである。
第六、その他の各種トリック
この項目には第一から第五までのどれにも属しない二十二種の異ったトリックが列挙してあるが、本書の「奇矯な着想」(の一部)と「プロバビリティーの犯罪」はそのうちの二、三種を詳記したものである。
第七、暗号記法の分類
この項目は原文がやや読みやすく書いてあるので、そのまま本書に再録した。
第八、異様な動機
これも前項と同様である。ただし多少の省略を加えた。
第九、犯罪発覚の手掛り
この項目は内容がはなはだ貧弱だし、別に書き改めたものもないので、本書には省かれている。

昭和三十一年五月
江戸川乱歩
[#改ページ]



 昔の探偵小説家、ことに英米、アングロサクソン系の作家が、いかに奇矯ききょうな手品的トリックを考え出したかというお話である。
 私は昭和二十八年に、古来の主として英米探偵小説にとりあつかわれたトリックを八百あまり蒐集しゅうしゅうして「類別トリック集成」という文章を書いたが、それは八百あまりのトリックを原稿紙百五十枚ほどに圧縮した、玄人くろうとむきの項目書きのようなものだから、その中の一部分を随筆風にくわしく書いて雑誌などにのせた。たとえば「兇器としての氷」「顔のない死体」「隠し方のトリック」「プロバビリティーの犯罪」などである。
 ここには、私の「トリック集成」の中から、右の諸稿に重複しない、なるべく奇矯なトリックを幾つかひろいだして、ややくわしく書いてみることにする。いずれも古い作品で、探偵小説通の読者には珍らしくもない話だが、そういう古い所にかえって面白い着想が多い。一般読者にはいくらか興味があるだろうと思う。

 殺人事件があれば、まず人間の犯人を考える。その虚をついて、人間以外の犯人を持ちだして、アッといわせる手は、探偵小説の開祖エドガー・ポーが「モルグ街の殺人」で先例をひらいた。人間の犯人とばかり思って捜索していたのが、意外にも大猿オラン・ウータンであったというのだ。その後の探偵作家はこの着想を継承して、ほとんどあらゆるけもの、鳥、昆虫などを犯人に仕立てて、意外感をだしている。また、逆に動物が犯人だと思ったのが、実は人間の作為だったという手法もある。その奇矯な一例。
 ある曲馬団に、獅子の口をひらいて、その中に自分の頭を入れるという芸をやる獅子使いがあった。千番に一番の危険術だ。ある日、見物の前で、獅子使いが獅子の口の中へ頭を入れると、どうしたことか、獅子がガッと口をとじて、首をみくだき、獅子使いはアッというまに殺されてしまった。
 あんなによく慣らしてある獅子が噛みつくというのはおかしいと、いろいろ調べてみると、その獅子が殺人事件の少し前に鼻をしかめて笑っているのを見たという者が現われた。獅子が笑ったなんて実に恐ろしい話である。