湖畔亭事件(こはんていじけん)


 読者諸君は、先年H山中のA湖のほとりに起った、世にも不思議な殺人事件を、御記憶ではないでしょうか。片山里かたやまざとの出来事ながら、それは、都の諸新聞にも報道せられた程、異様な事件でありました。ある新聞は「A湖畔の怪事件」という様な見出しで、又ある新聞は「死体の紛失云々うんぬん」という好奇的な見出しで、相当大きくこの事件を書き立てました。
 注意深い読者諸君は御承知かも知れませんが、そのいわゆる「A湖畔の怪事件」は、五年後の今日こんにちまで、遂に解決せられないのであります。犯人はもちろん、奇怪なことには、被害者さえも、実ははっきりとは分っていないのであります。警察では、最早もはさじを投げています。当の湖畔の村の人々すら、あの様に騒ぎ立てた事件を、いつの間にか忘れてしまった様に見えます。この分では、事件は永久の謎として、いつまでもいつまでも未解決のまま残っていることでありましょう。
 ところがここに、広い世界にたった二人だけ、あの事件の真相を知っている者があるのです。そして、その一人は、かくいう私自身なのであります。では、なぜもっと早く、それを発表しなかったのだと、読者諸君は私をお責めになるかも知れません。が、それには深いわけがあるのです。まず私の打開うちあけ話しを、終りまで御聞き取り下さい。そして、私が今まで、どんなにつらい辛抱しんぼうをして沈黙を守っていたかを御諒察が願いたいのであります。


 さて本題にるに先だって、私は一応、私自身の世の常ならぬ性癖について、又私自身「レンズ狂」と呼んでいる所の、一つの道楽について、お話して置かねばなりません。読者諸君の常としてその不思議な事件というのは一体全体どんなことだ。そして、それが結局どう解決したのだと、話の先を急がれますが、この一篇の物語りはず、今いった私の不思議な道楽から説き起さないと、あまりに突飛とっぴな、信じがたいものになってしまうのですし、それに、私としては、自分の異常な性癖についても、少し詳しく語りたいのです。どうかしばらく、痴人ちじんのくりごとでも聞くおつもりで、私のつまらぬ身の上話をお許しが願いたいのであります。
 私は子供の時分から、どうしたものか、世にも陰気な、引込思案ひっこみじあんな男でありました。学校へ行っても、面白そうに遊びまわっている同級生達を、隅の方から白い眼で、うらやましげに眺めている、家へ帰れば家へ帰ったで、近所の子供と遊ぶでもなく、自分の部屋にあてがわれた、離れ座敷の四畳半へ、たった一人でとじこもって、幼い頃は色々なおもちゃを、少し大きくなっては、先にいったレンズを、仲のよい友達かなんぞの様に、唯一の遊び相手にしているといった調子でした。
 私は何という変な、気味の悪い子供であったのでしょう。それらの無生物の玩具に、まるで生ある物の様に、言葉をかけていることさえありました。時によって、その相手は、人形であったり、犬張子いぬはりこであったり、幻燈の中の様々の人物であったり、一様ではないのですが、恋人に話しかけでもする様に、くどくどと相手の言葉をも代弁しながら、話し会っているのでした。ある時、それを母親に聞かれて、ひどくしかられたことも覚えています。その時、どうした訳か、母親の顔が異様に青ざめて、私を叱りながらも、彼女の眼が物おじした様に見開いていたのを、子供心に不思議に思ったことであります。
 それはさて置き、私の興味は、普通の玩具から幻燈へ、幻燈からレンズその物へと、段々移り変って行きました。宇野浩二うのこうじさんでしたかも何かへ書いていましたが、私がやっぱり、押入おしいれの暗闇の中で幻燈を写す子供でした。あのまっ暗な壁の上へ、悪夢の様に濃厚な色彩の、それでいて、太陽の光などとはまるで違った、別世界の光線で、様々なの現れる気持は、何ともいえず魅力のあるものです。私は、食事も何も忘れて、油煙ゆえん臭い押入れの中で、不思議なせりふをつぶやきながら、終日幻燈の画に見入っていることさえありました。そして、母親に見つけられて、押入れからひきずり出されますと、何かこう、甘美な夢の世界から、いまわしい現実界へ引戻された様な気がして、いうにいわれぬ不愉快を覚えたものであります。
 さすがの幻燈気違いも、でも、尋常じんじょう小学校を卒業する頃には、少し恥しくなったのか、もう押入れへ這入はいることをやめ、秘蔵の幻燈器械も、いつとはなしにこわしてしまいました。が、器械はこわれてもレンズだけは残っています。私の幻燈器械は、普通玩具屋の店先にあるのよりは、ずっと上等の大型のでしたから、従ってレンズも直径二寸程の、厚味のたっぷりある、重いものだったのですが、それが二つ、文鎮ぶんちん代りになったりして、そののちずっと私の勉強机の上に、置かれてありました。