赤い婚礼(あかいこんれい)

 ひと目惚れは日本では西洋ほどありふれたものではない。一つには東洋社会の特有の構造のためであり、もう一つには恋愛にまつわる多くの不幸は親が取決める早婚によって未然に防がれているからである。しかし他方で、情死がしばしば起っているが、そこにはほとんどつねに二人一緒になされているという特徴がある。これらの多くの場合は不適切な関係つまり道ならぬ恋の結末であるといえよう。とはいっても誠実かつ勇気ある例外の場合もまた存する。こちらは大概は田舎の方で起きている。このタイプの悲劇における恋愛は、少年少女の無垢で自然な友情からにわかに進展したものであり、また犠牲者たちの幼少の時期にまで遡ることができる。ところで、西欧での恋人同士の自殺と日本の情死との間には、とても意義深い違いがある。東洋の心中は苦しみに耐えきれず、衝動的で突発的な狂乱の結果ではない。むしろそれは冷静でありまた秩序だったものである。加えて、それは神聖なる儀式でもある。言い換えると心中は自らの死をもってあかしとする婚礼という意味合いを持っている。二人の誓約ちかいは神の前でなされ、それぞれ遺書をしたためて、そして死に行くのである。これほどに意義深く聖なる誓いはあるまい。それだから、外部から妨げられたりあるいは治療を施されたりして、二人のうちの一人が死から救い出され生き残るようなことになれば、生き残った者はこの愛と名誉の神聖なる誓約に基づいて、できるだけ速やかに命を捧げるべきであるとされている。もちろん、二人がともに救い出された場合はさほど問題はない。しかし、若い女性と一緒に死ぬことを誓った後に冥土への旅を娘一人にさせた男として記憶されるよりは、刑務所に五〇年ばかり投獄されるような罪を犯した方がよほどましである。誓いを破った女はまだしも赦されもする。しかし、情死を邪魔立されて未遂となった男が一度きり不首尾に終わったからといっておめおめと生き残ろうものならば、大嘘つきや人殺し、腰抜けの臆病者それに人の顔をした畜生などと蔑まれて残りの人生を送るのが関の山であろう。私はそのような例を一つ知っている――が、ここでは東国のある村で起こった純朴な恋の物語をすることにしたい。



 その村は、幅の広い川のほとりにあるが、川は浅く梅雨時になってやっと川床が隠れるほどである。また北から南へと流れていて周囲に広がる広大な水田を潤している。西の方には山々の青い峰が連なっており、東の方には低い森の丘陵が伸びている。丘陵と村の間には八〇〇メートルほどの幅の水田が広がっていた。村の主な墓地は丘の上にあり、十一面観音を本尊とするお寺に隣接している。村は物資の主要な集散地として位置している。地方でよく見かける藁葺き屋根の人家が何百軒も連なっているが、それに加えて大きな通りには小綺麗な瓦葺きの二階建ての建物があって、店と宿屋が軒を並べていた。また、この村には氏神様として太陽神である天照大神を祀っているとても美しい神社と、それに桑畑の中に蚕の神様を祀る小さな祠がある。
 村の染物屋の内田という家には、明治七年生まれの太郎という少年がいる。彼が生まれたのは旧い太陰暦ではたまたま忌み日とされる八月七日であったため、信心深い昔気質の両親は恐れまた嘆いている。しかし暦が天皇の詔書で新たに太陽暦に改められる(a)と、その日は吉日であったので、同情していた村人たちはそら良かったじゃないかと慰めている。これらのことで両親の悩みも幾分なりとも和らげられはした。けれども、息子を氏神様へお参りに連れて行き、とても大きな提灯を奉納して、あらゆる災難から免れますようにと心より無病息災を祈願した。神主は祝詞のりとを唱え、小さな坊主頭の上で御幣を振って御祓いをする。そして、子どもの首に掛けておきなさいと小さなお守りを授けた。両親は、また丘の上の観音寺にも参詣すると、そこでもお供え物をして、どうぞこの子にご加護がありますようにと仏様に祈った。



 太郎が六歳になると、両親は村の外れに新しく建てられた小学校に太郎を入れた。太郎のおじいさんは筆を何本かと、紙や本それに石板を買ってやり、ある朝早くに太郎の手を引いて学校まで連れて行った。太郎は、石板などまるでたくさんの新しいおもちゃを貰ったようで嬉しかった。周りのみんなも学校はいっぱい遊べる楽しいところだと言ってくれたのでとても大喜びである。さらに、母は学校から帰ったらうんとお菓子をあげますよと約束してくれた。
 学校――はガラス窓のある大きな二階建ての建物――に太郎とおじいさんが着くと、用務員さんがすぐに大きながらんとした部屋に案内してくれた。そこには厳めしい顔つきの男が机の前に座っている。おじいさんがこの男にお辞儀をして先生と呼びかけて、幼いこの子に優しく教えて下さるようにと丁寧に頼んだ。先生は立ち上がって会釈をすると、おじいさんに丁重に話しかけた。先生はまた太郎の頭に手を置いて、良く来たねと言った。けれども、太郎はすっかりおびえてしまった。おじいさんがじゃあねと言うと、ますます不安になってきて、いまにも家へ走って帰りたい気がする。しかし、校長先生が天井の高い、大きな白い部屋の講堂に連れて行くと、そこには長椅子に腰掛けたたくさんの男の子や女の子がいる。みんなが太郎の方を振り向くと互いにひそひそと囁いて、笑っている。太郎は自分が嗤われていると思うと、とても惨めに感じた。鐘の音が大きく鳴り響いた。すると演壇に立った校長先生が、静粛に!とピシャリと言ったが、それは太郎を怯えさせてしまった。先生が話を始めたが、なんだか話し方が親しめない感じがした。校長先生は学校は楽しいところですよなんて言わなかった。学校は遊びにくる所じゃなくて、一所懸命に勉強するところです。勉強は大変だが、辛かったり難しかったりしても勉強しなければいけませんと言い聞かせた。つぎにみんなが守るべき規則について説明して、守らなかったり怠けたりしたときの罰について話した。児童たちがみなシーンと静まると、今度は声色を変えて優しい父親のような感じで話し始めると――自分の子どものようにみんなを可愛がることを約束した。それから、校長先生は、みんなが賢い男や良き女になるようにという天皇陛下の御意向である布告(b)によってこの学校が作られたことを説明した。このため心より陛下を恭敬しかつ陛下に身命を捧げることがどんなに名誉なことかを訓話した。また校長先生はみんなが両親を敬うことや、それにあなたたち子どもを学校に通わせるために親がどれほど苦労しているかに触れて、それだから授業時間に怠けることがどんなに不正で恩知らずなことかについても教え諭した。そして子どもたちの名前を一人ずつ呼ぶと、これまで話したことについていろいろ尋ね始める。