選挙のユーザー インターフェイス(せんきょのユーザー インターフェイス)

なぜ、投票率が低いのか? 政治不信だから、無関心だから、とか言われているが、ほんとうの問題は、選挙そのものにあるのだ。選挙のユーザー インターフェイスが悪すぎるのだ。

 選挙におけるユーザー インターフェイスの第一の悪い点は、結果が出るまで時間がかかりすぎることだ。パソコンを操作するときのことを考えてみよう。例えば、メニューバーをクリックして、即座にメニューがプルダウンされず、1~2分後にやっと表示されるとしたら、どうだろう? はたまた、たった1枚の書類をプリントアウトするのに1時間もかかり、その間ウンともスンとも言わず、プリントアウトを中止すらできないとしたら、どうだろう? おそらく誰もそんなパソコン、二度と使う気にならないだろう。
 選挙の結果を受けて、次の議会が召集され、政策に何らかの変更があるまでには、数カ月がかかるだろう。だが、その数カ月が遅いと言っているのではない。これはその処理が本質的に必要としている時間だから、劇的に改善するのは難しい。プリンタを初期化し、書類のイメージを展開してプリンタに転送する、それを元にプリンタが紙にインクのシミを作るという一連の処理には、本質的に高速化できない部分が必ず存在する。
 ユーザー インターフェイスの改善問題とはそういうことではない。良いユーザー インターフェイスとは、素早く処理できるものに対しては、できるだけ素早くユーザーにその結果をフィードバック、つまり、メニューバーがクリックされたら、即座にメニューをプルダウンする、そういうことだ。待ち時間の発生する処理の実行には、ユーザーにいかにストレスなく待ってもらうかに配慮する、そういうことだ。
 では、本質的に時間のかかる処理の場合はどうするかというと、とりあえず処理を受け付けましたということを、ユーザーに分かるようにするのだ。印刷ボタンがクリックされたのなら、ボタンの形をいかにも押されたような引っ込んだものに変え、「カチ」とかいう音を鳴らす。それによってユーザーは、自分の命令が受け付けられたことを知り、多少時間がかかったとしても待つことができるのだ。
 そう、選挙の時間がかかりすぎているのは、投票から開票までの部分なのだ。現在は即日開票とは言っても、午前中投票した人がその結果を知れるのは、早くてその日の夜、場合によっては夜中や翌日になってしまう。パソコンに何かをさせようとして、こんなに待てる人はいないだろう。
 だから有権者は、自分の一票の効果を実感できず、行かなくてもいいや、という気になってしまうのだ。
 では選挙の仕方を、具体的にはどのように変えればいいのだろうか。
 まず、投票日という特定の1日だけしか投票できないのを止める。代わりに1週間程度の投票期間を設けて、その間なら24時間いつでも投票できるようにする。おそらくこれは、立候補届出の締め切り直後から始めるのが良いだろう。
 それでは、立候補者の選挙運動にほとんど触れずに投票することもできてしまうのは問題だという人もいるだろう。なに、心配はない。ほとんどの立候補予定者は、大なり小なり事前運動を展開しているし、そもそも正規の選挙運動期間には、政策を示すのではなく、立候補者名や政党名の連呼程度しかしないのだから、わさわざそれを聞かなくては投票できないというものではない。そんなものでもとりあえず聞いてから投票したいと考えるなら、投票期間の締め切りぎりぎりまで粘れば良いだけだ。
 むしろ、有権者が自分の都合の良いときを見計らって、その権利を行使できるようにするほうが、よほど重要なのだ。パソコンのユーザー インターフェイスが、特定のモードをユーザーに強制するは良くないとされているのと同じことだ。
 次に、即日開票も止める。もちろん投票日が投票期間になることによって、即日が意味を成さなくなるからでもあるが、ユーザー インターフェイス的観点から重要なので、ここを変えなくては問題の解決にならないからだ。
 そこで、即日ではなく、即時開票にする。
 即時とはどういうことかというと、投票所には各候補の得票数を示す電光掲示板のようなものを設置する。そして投票用紙のような煩雑なものは廃止し、ブースの中には各候補に対応するボタンを用意し、有権者は自分が支持する候補のボタンを押すことで投票する。ボタンが押されたら、対応する候補の電光掲示板の得票数表示が即座にカウントアップされる。これによって初めて、有権者は自分の一票が確実に支持する候補者に投じられたことを実感できるのだ。
 もしも、投票期間の終わりぎりぎりに投票所を訪れた有権者が、壁の電光掲示板で二つの候補が僅差で競り合っているのを見たとしたら、そして自分がそのどちらの候補に投票するかで当落が決してしまうとしたら、どうだろう? おそらくこの有権者は、自分の一票の重さを実感することだろう。