猿小僧(さるこぞう)


 一人の乞食の小僧が山の奥深く迷い入って、今まで人間の行った事のない処まで行くと、そこに猿の都というものがあった。
 猿の都は広い野原と深い森に囲まれた岩の山で、その岩には沢山の洞穴ほらあなが出来ていて、まるで大きなお城のようになって、その中に沢山の猿が住まってキャッキャと騒ぎまわって日を送っているのであった。乞食小僧がそこへ来ると、猿共は人間を珍らしがって大勢まわりに集まって来たが、何と思ったか、皆で小僧をかつぎ上げて、お城の奥深く住んでいる猿の王様の処へ連れて行った。王様は大きな猿で、石の椅子の上に枯れ草を敷いて坐っていたが、乞食小僧を見ると驚いて岩の天井に駈け上った。けれども小僧は落ち付いて、街で貰った煎餅せんべいを一枚ふところから出して王様に遣ると、王様は大層嬉しかったらしく、家来の猿共に云い付けて果物を沢山持ってらして小僧に遣った。小僧は果物が大好きであった。そして、こんな沢山喰べ物があるならば、街で乞食をしているよりもここに居る方がずっといいと思った。
 あくる日から乞食小僧は猿共と一所になって遊んだ。そしてず白い木の皮でかんむりを造って、赤い木の実で染めて、王様に冠せてやった。王様は喜んで、又沢山果物を呉れた。それから小僧は木の枝を集めて自分の家を造った。そして、感心して見ている猿共にも造ってやった。その他、小僧はいろいろな良い事を猿共に教えてやった。谷川に橋を掛ける事。怪我をした時に赤土を押し当てて血を止める事。渋柿を吊して露柿ほしがきを造る事。胡栗くるみを石で割って喰べる事。種子たねいて真瓜うりを造る事。
 その代り少年は、猿からもいろいろな軽業を習った。木登り方は先生の猿よりも上手になった。綱渡りも名人になった。枝から枝へ飛び渡ったり、足を引っかけてブラ下ったり、身の軽い事鳥のようで、地面の上を歩くよりも木の上を駈けまわる方がずっと早い位になった。そのうちに猿の言葉はいうに及ばず、いろいろなけものや鳥や虫の言葉まですっかり記憶おぼえてしまったので、今は遊び友達が大変に殖えて、いよいよここが面白くて面白くて堪らないようになった。


 すると或る日の事、猿の王様の処で大変な評議が始まった。それは一匹のカナリヤが知らせに来たので、何でも山一つ向うに狼の強盗が沢山集まっていて、「猿のくせにお城に居るなんて生意気だ。これから攻め寄せてお城を取って、手向いをする奴は片っ端から喰ってしまおうではないか」と評議していると云うのであった。
 これを聞くと猿共は、赤い顔が青くなる程驚いていろいろ相談をしたが、何しろ喧嘩けんかずくでは狼にかなわないから一層いっその事、狼に喰い殺されないうちにここを逃げ出して、他の所にいい住居すまいを探そうという事に決めた。けれども小僧はこれを押し止めて、猿共を皆洞穴ほらあなの中に隠して入り口をふさいで、自分一人森の外に出て狼の来るのを待っていた。
 狼はとうとう或る夜やって来た。その数は何千か何万かわからぬ程ヒシヒシと猿の都を取り巻いて、先ず一時にときの声を挙げて大波の打つように攻め寄せて来た。けれども小僧は驚かなかった。狼が近寄ると、小僧はふところから燧石ひうちいしを出して森の外の枯れ草に火をけた。すると折りから吹いて来た烈しい夜風に誘われて、見るうちに焼け広がって轟々ごうごうと音を立てながら狼の方に吹きかかって行った。そのために深い草の中に居た狼共は皆焼け死んだ。死なないものも火の勢いに恐れてチリチリバラバラに逃げ失せた。そののち狼共は又と再びこの猿の都に攻め寄せて来なかった。それから猿共は王様を始め皆、小僧を神様のように恐れ敬って、毎日いろいろな美味おいしい果物を捧げて、何でも云う事を聞くようになった。小僧はますます得意になって大威張りで遊びまわった。


 或る日の事、小僧は只一人で山の中を遊びまわっていると、思わず遠方まで来て一つの湖の傍へ来た。その湖は大変景色がよかったので、小僧はぼんやりと見とれていると、やがて沖の方から一そうの帆掛船が来るのが見えた。小僧は久し振りにこんなものを見たので、何だか懐かしいような気がしてなおも一心に見ていると、その船はだんだん近寄って、小僧の眼の前の砂原に着いて帆をおろした。そしてその中から、三人の荒くれ男が七八ツ位から十二三位の美しい子供を都合十三人、猿轡さるぐつわまして後手に縛ったまま引きずり出して、砂原の上に坐らせた。そしてその前に一つずつ青い壺を据えて、その横で三人共庖丁をぎはじめた。
「これは生ききも取りに違いない。助けてやろう」